帰る処 あとがきに変えて

 

これからの事を、話した。
シグルドは当然ながら、生まれた国の復興へ。誰某は如何するらしい、噂話のような事まで。
最後の最後で、途切れた会話の繋ぎのように、暇潰しのように、
「カールは」
それを装って、彼は、やっとの事で。
ラムサスは笑みを作りながら首を傾げて応え、シグルドはほんの少し、眉を顰め、やっとの事で問い掛けた。
「カールは……“カーラン・ラムサス”とは、何だったんだ?」
ラムサスは、笑みを作っていた。
「カール、」
「俺は、俺だ」
「違う、カール、俺は……俺達は、」
「それ以外に何と」
「違うんだ!」
ずっと話そうと思いながら、遠ざけていた、事を話そう。
「俺が為した事は、何だったのか、俺達は何だったのか、聞きたいんだ……」
遠い過去の話。
「“本当の事”が、知りたい」


これまでの事を、話そう。


「カレルレンによって造り出された人工生命体。何体もの失敗作を重ねた末に漸く形となり、更に十年近くもの調整を受け、完成間近で廃棄された……このくらいは、ヒュウガ辺りから聞いているか」
シグルドは頷いた。
「そうだな。そこまでは“カーラン・ラムサス”の話ではないか。その時俺は“ラメセス0808191”と呼ばれるものだった。廃棄され、塵だめの中で、ラメセスは“カーラン・ベッカー”という名を持つ少年と出会った。お前等、シグルドと、ヒュウガ等と同じ歳の少年だった」
「その少年が、今の体になっていると…?つまり、乗っ取った、そういう事か」
「乗っ取った、か……」
「いや、分かり易い表現に言い換えて貰うならばだ。何かもっと的確な表現があるならば」
「喰った」
「………その少年を、食い、食糧とした……のか?」
努めて冷静で居ようとするシグルドの前で、ラムサスは“本当の事”を話す為、暫し考え込んだ。
「“カーラン・ベッカー”は、“ラメセス0808191”という未知の化け物に喰われていた。ラメセスは子犬ほどの大きさの、ベッカーが今まで見たこともないような、奇妙な生物だった。塵の中に潜んでいたラメセスに襲われ、逃れようとした背中から、牙を立てられ、喰われていた」
「まるで、カールがその少年の目で見ていたような……」
「“ラメセス0808191”は人気の無い塵だめの中で、誰か己を抱き上げてくれる者が来るのを待っていた。己を棄てた者が戻って来る事も期待していた。そこに現れたのが“カーラン・ベッカー”という少年だった近寄って来た少年に、無我夢中ですがりつき、甘えていた。そうだ、こっちが、ラメセスの目から見た光景だな」
「カールは、二つの記憶を持っている、そういう事か?少年は食糧とされたのではなく、取り込まれたと?」
「分からない。そうかもしれない。だが俺は今ヒトの体をしている。先に言ったように、ラメセスが少年を乗っ取ったのかもしれぬ。分からないが、そうした出来事の後に俺は“カーラン・ベッカー”でも“ラメセス0808191”でもない“カーラン・ラムサス”という存在になった、そう考えられるだろうか」
「そうして“カーラン・ラムサス”となって、そして……」
「“カーラン・ラムサス”とは何だったのか、だったな。まだ説明として全く不十分だ」
「……記憶を二つ持っているかのような、話だった。でもそれは分からないと言っていた」
「記憶。記憶は、持っていると言って良いのかもしれない。だが俺は“カーラン・ベッカー”であるとも言えたが、そうでないとも言えた。殊に、当時は、“ラメセス0808191”である部分が大きかった、かもしれない」
「当時は」
「記憶、15年生きた記憶。体験。体感の無い体験。感覚と直結しない記憶。知識。そうだな、知識、それに近かっただろう。少年の全ての知識を譲り受けた。体験も感覚も知識として」
「体感の無い体験?感覚と直結しない記憶?よく、分からない」
「ビデオ映像だ。そのようなものを、思い浮かべてみろ。演習に使ったシュミレーターでも良い。安全な場所での疑似体験。驚き、恐れ、喜び、悲しみ、痛み、苦しみ、幸福感、その場で直面せずに通過する経験。どれ程、自身の体験と錯覚しようとも、実際に直面した時は全く異なったろう。直面した時抱くものが、本物の自身の感覚だ」
「“限りなく自分自身に近い他人”、それ以上では無かったと……それでは、カールはその当時、何もかもが初めて直面する感覚だったと……そういう事に、なるというのか……?」
「踏み出す一歩、広がる視界、初めて帰る“慣れ親しんだ自宅”、初対面の“愛する両親”、初めて口にする“好物”」
「そんな存在が、人として社会生活に溶け込めるとでも言うのか?同じ年頃の者達の中で違和感なく集団生活を送っていたとでも?」
「可笑しな話だな」
「カール、茶化しているのではないんだ」
「勿論そんなつもりではないさ。可笑しな話だと思う。俺は本当は人の腹から産まれ15年間人に育てられた“カーラン・ベッカー”という者だったのかもしれないな。人工生命体だなどとは、まやかし、信じ込まされていただけかもしれぬ。そう言うと、茶化しているように聞こえるか?では、そうでなければ、カレルレンは余程優秀な知能を持つ生命体を作り上げたのだとでも、してみれば良い。見聞きしただけの事を直面したその場で全て完璧にこなす事ができる程、優秀な知能、能力を持った生命体をカレルレンは作り上げた。そいつが、ヒトの体を乗っ取った。俺は、完成された存在となる。当然挫折の経験などない。生まれたばかり、だからな、経験はゼロだ。加え、外界へ出て1日としないうちに、15年分のヒトの経験を何の苦労もなく手に入れたんだ。少年の挫折経験は、全て、今という結末、成功の結末へ向けての布石でしかない。経験という最上の知識を手に入れ、知識に基づき己の行動を選択できる。望ましい経験だけを積んで行ける。俺は万能な存在だった」
「それは、それこそ錯覚だろう……どれ程優秀でも、“ビデオ学習”だけでは何事も失敗なくこなせる筈もない。挫折に直面し経験を積み、成長するものだ。何もかもが初めてなら、尚更」
「その通りだ。だが、赤ん坊とはそのようなものだ」
「赤ん坊……」
「生を受け、ゼロから始まる人生。経験はゼロ、無力で、何もできない存在だ。だがどういう訳か、赤ん坊とは自身が“万能である”と心から信じているのさ。挫折の経験すらない。何もできないのだから、当然だな。何もしないのだから、未だ挫折もない。更に厄介な事に、何もできない赤ん坊に対し、何もかもやってくれる母親という存在がある。母親とは、それまで内に入り血を分け合っていた、“限りなく自分に近い他人”だ。赤ん坊は、他者、自身、未だその区別すら付かぬ。自身に伸び、何もかもを解決してくれる母親の手は、自身の手かもしれないと。錯覚するんだ。似ては、居ないか?何もできず塵だめの中でうずくまって居るしかなかった、無力な未完成の生命体が、突然15年生きた人間の体と記憶を手に入れ、何もかもできると、錯覚する事と」
シグルドは、黙っている。床を見つめ、水を一口飲んだ。
「シグルド、俺は本当に、人間社会に溶け込めていたと思うか?」
ラムサスは、足を組み替えた。
「同じ年頃の者達と同じように生活していたか。くだらないお喋りに耽り、得体の知れない食い物を美味いだの不味いだの言い合って笑い、時間を見つけては街を無意味に散策して周り、不要なものに賃金を支払い満足し、そうした年頃の者らの当たり前の生活を、俺も同じように送っていたか?」
「少し、風変わりな性格だと、映るくらいだ。よく街へも遊びに出ていたし、俺のくだらないお喋りにも付き合ってくれていたし、何処の店の何が美味いなどと食べ比べで馬鹿な言い合いした事だって」
「お前が、学ばせたんだ。2年程の期間を、掛けて。赤ん坊の成長は早い。成長が早いようにも、造られていたようだしな。どうだ?お前が出会ったばかりの頃の、俺は。知識を基に、社会生活に溶け込めるようにと努めてはいたつもりだ。だか綻びがあっただろう」
「………俺は、俺には、弟が居る。母を亡くしてから、俺の生きる意味はその弟にあった。母を亡くした年に生まれた赤ん坊で、ソラリスへ連れて行かれるまでの2年の間、その生まれたばかりの赤ん坊だった弟と、昼も夜も生活を共にしていた。眠るか、泣くか、ミルクを飲むかしかしない頃から、次第に笑い、声を発し、食べる事に興味を示し、自らの手足で動き周り、声がとうとう意味を持つ言葉になり、感情表現も豊かになって行く、その過程を傍で見守る事が、俺の生きる理由の全てだった」
「その経験を無意識に結び付けさせて居たのかもしれないな」
「そんな筈は、ない。俺は地上の記憶を全く失って居たんだ」
「無意識、潜在的に、だ。ジェサイアの所にも小さな子供が居て、お前は随分目を掛けていたな」
「まさか、ビリーとは違って、体の大きさだって、同じくらいなんだ。それを……」
「まあ、良い。言い切れはしないさ。ただ、そうだな。当時の俺には常に“何故”が付きまとっていた。全ての事象に対し、何故という疑問が。知識としてこうであると知っている。良い事、悪い事、してはならない、心では必ず何故と問うた。例えばお前が母を亡くし抱いた人生の喪失感、当時の俺に打ち明けたとしても、理解できなかっただろうな。十数年と、誰かと共に生きる、そうした直の体感があって、初めて喪失感も想像でき、理解に至るのだろう。実際、俺は“カーラン・ベッカー”の肉親を殺している。15年両親と共に過ごしたという“知識”からは、人を、親を、何故殺してはならないのか理解できなかった。食う手段と眠る場所を得る、生きる為に両親は不要であり、いけない事と知識は知らせても何故そうなのかまでは分からなかった。むしろ俺の描く未来の中では邪魔な存在で、その時に多少の苦労を買ってでも消しておけば、後々問題を生じる事がなくなるだろうと、優秀な知能はそう導き出した。聞き分けがなく、残酷な、子供そのものだ。弱い者をいたぶり殺す。咎められても、何故悪いのか分からない。殺しの中で抱く感覚から、やがて“殺し”の行為と“悪い”という言葉が結び付く。母親が何度も繰り返し言い聞かせた言葉が、漸く」
「言い聞かせ、学ばせたのが」
「お前だと、今になって思う。これが“美味い”、これが“楽しい”、これは“悲しい”、悪い事、良い事、何故と疑問を抱きながら経験する中で、言葉が結び付き、共感までが可能になる。社会生活の中で、何が楽しいのだと、聞いた話から、楽しいとはどのような感覚だったか、経験を導き出し、同調する。そうやって漸く、よりリアルに、溶け込む事が可能になって行った」
「知識だけでは、“楽しい”とは何なのか、分からない……」
「風邪を、ひいた事はあるだろう?風邪をひくとどうなる?」
「熱が出る、頭がぼうっとする。寒気がする、食欲がなくなる、喉が痛む、鼻が詰まり呼吸も苦しい」
「今その感覚を、完璧に、身で再現しているか?言葉でなぞるだけだろう」
「言葉で……そうだ。『凄く辛い』そのランク付けしたような感覚を、言葉にし、風邪を引き凄く辛いと言う者に共感してみせる事はできるが、健全な今は、完全に自身の身を落とす事まではできない。言葉でなぞる……まるでビデオ映像のような、記憶、か」
「当然、また風邪を引けば『そうだ風邪を引くとはこの感覚だった』と思い出す。やはり辛い事だったと、風邪をひかぬようにしよう、風邪を引いている者には優しくしてやろうと、心に思う。その経験を通し、時に他の病についても推測可能になるのかもしれない。何時でもその状況を再現できるからではないんだ。その状況にある時に、脱した後の行動を予め予定しておく。逆はなかなか難しいのだ。ましてや経験した事すら無いものならば。ビデオ映像だけ見せられ、感覚は如何であるからこうしろと言われても、疑問は付いて回る」
「そこで初めて直面して、思い出すのではなく、こういうものなのかと知る、それが……その頃の、カールだったと」
「日々が」
また水を、一口。シグルドは口元を抑え、その手の内から呟く。
「怖いな」
そして小さく呻いて、咳き込み、水をまた飲み、青ざめて口元を抑えているシグルドは、荒い息遣いの合間から告げる。
「俺は、全て、分かっていた。自覚しないように遠ざけようとしていただけで、もしかしたら、一番初めの時点で気付けたのかもしれないものを、あえて遠ざけようとしていたんだ。そうだ、全部、分かっていて、俺がやった事、なんだ、全部……」
「何を、それ程うろたえている?シグルド」
「最後には、確かな自覚の下にあった。だが初めから、分かっていて、俺が専ら一方的にしていただけだ、そうだろう?カールはただ、ただ俺に……」
「一方的だと、また突拍子もない事を主張するな」
「カールはただ、理解し難い知識に対し、何故なのかと、もしくはそういうものかと無理矢理に納得しようとしていただけだろう。何も、内からの欲求などなく、直面する未知の世の条理に対し適応しようとだけ努めていた。そんなものがあるべき形な筈がない、合意ですらない、そうだろう」
「言っただろう。俺は見聞きしただけの情報を元に最適な判断を下し実行できる程の知能と能力を、当時既に持ち合わせていたと」
「錯覚だ、産まれたばかりの赤ん坊が、万能だと錯覚していただけなんだ」
「お前と俺が、何を為していたか。お前と俺とが為していたのは、“セックス”だろう?」
「違う!俺が為していた事、あんなものは、ただの、虐待だ!無知な相手を無理矢理言いくるめ、組み伏せていただけだ」
「知っているさ、セックスの意味くらい」
「見聞きしただけの知識を、理解さえできない幼い相手を」
「“愛し合う者同士”でする行為だろう」
シグルドは腰を折り、肩で息をしている。水の入ったボトルを持ち、先から襲って来る吐き気を必死に抑えていた。
「俺はお前を愛していた」
「教え込まれていたんだ、俺に」
「お前も俺を愛していただろう」
「愛していたさ。命を救った恩人、優秀で頼りになる同級生、俺の我が儘も何も受け入れてくれる、寛容な父親のような存在を」
「お前に愛される為に、俺はその役を演じ通した」
「ああ。直面する現実を生きるので精一杯な状態で。そう在ろうとする君だと、分かっていながらそこに付け込んでいたんだ」
「それでも、それすらを、俺は愛していた」
何故だ、憎んでくれ、と懇願さえ連ねながら顔を覆いうずくまるシグルドを見下ろし、ラムサスは何時か見た情景だと、感じていた。遠い記憶はまるで他人の記憶のように、上辺をなぞる事しかできなかった。
「“カーラン・ラムサス”とは何だったのか?その答えを俺は何年と考え続けていたが、未だ導き出せていない。あの少年とは異なる存在だと、言うのならば、塵だめの中で身を潜めていた、あの気味の悪い生物が俺だと言うのか。唯一俺が“個”であったあの生物が。棄てられて然るべき、あの汚い塵が。そうであるならば、俺は、あの“塵”を救い出さなければならない。そこへ紛れ込んだあの少年でもなく、あの少年との混じりモノである今の俺でもなく、あの“個”であった塵を。“俺”が棄てられたままの塵であっては、ならない。あのまま塵として死ぬのを待つだけのものでは。それを否定する為には、お前が必要だった。無用なものだと廃棄され、死ぬのを待つしかない塵であり、未だ個として存在しているお前の存在が。俺はそれを救い出し、生かし、個であったとしても塵ではないと証明し、愛し、愛されなければならなかった。お前が何であっても。何をしようと、何を思おうと、個であるお前を認め、愛さなければ。憎める筈がない。俺は、お前を否定する事は、できない。愛している、シグルド」

愛しき虚像よ、愛すべき鏡像よ
ぽぽ子

 


というキャラ解釈で作った話でした。
発達心理学関係についてはなんちゃって学習の付け焼き刃なもので、作中では匂わせる程度にしてなるべく触れないで書こうというのと…
やっぱり、こんな話じゃちょっと重すぎるというか、オフでお金払って持って行ってもらうのに少しも楽しくもない話どうなのよという所と…。

愛情と性愛の結び付かない、体だけ成熟したの貰って心の方がまだ付いて来ていない、未発達、そんな風に解釈したカールで性描写有りってどういう事なのかなという風に生まれたネタでした。
更にシグラムを書くと決めてからの事だったので、掛ける相手がシグルド。益々泥沼に…。

ベッカーベースのカールにはしなかったのはPWからの解釈でしょうか。
バニラシェイクの味への違和感、あの辺りで。
他にはエリィのセリフからとかで。その辺がラカンを読んでいてズババッと何か思う所に結び付いていったのですが、あまり詳しく語るとボロが出そうですねー…w
ラカンと言えば、おまけ話の鏡像も、そっちからのネタでした。


どうにか本編ベースにの29シグラムもハッピーエンドにと思って書こうと思い立った筈が……
いやっ、この後、カール攻に持って行けば丸く収まる…?
そんな続きを書いてしまったらすみません。どうなるのやら


という事で、オフ企画、長らくおつきあいありがとうございました!
販売終了!としてからでないと語れないような気がしていたのですが、それってどうなんですか…ね…終了としたら語り放題ですかと。

House and Home で29歳話は書きましたが、デウス破壊から扉までの時間軸でこんなやり取りがあったのかどうか、は……別と考えて貰ったほうが……
あくまで、あとがき代わりで。
せめてあんまり見苦しくドロドロせずにヤンデレせずにw爽やかにさようならして欲しいものですw