一年後(仮)(完成していませんが完結しました)

 

1/2

恋人か誰かと“ちゃんとしたクリスマス”を過ごしているか。もしくは新しい仲間達と賑やかに過ごしているか。
そもそもあの部屋は引き払ってしまったかもしれない。
そう考えながら、体だけは真っ直ぐ向かっていた。行き慣れてもいないのに、迷いはしなかった。何本か乗り継いで来た電車の中ほとんどで、鮮やかな包装紙に包まれた手荷物を大切そうに抱えている乗客を見た。窓の外では、鮮やかな無数の光の群生が心弾ませ走り抜けて行くのが見えた。
明かりが灯る家々も、普段とは異なって見える。より暖かな灯に見える。
学生街のアパートは、心無し、灯が少ないようにも感じる。見上げる為に一度だけ立ち止まって、後は迷わなかった。狭いエレベーターだ。ガコンガコンと、不安な音がする。辿り着いた先にも、灯は無かった。ただ、人は住んでいるらしかった。
別の人が帰って来たらどうしようか、酔っ払いのフリをすれば良いだろうか。もっと困るのは、本人だとして、連れが居た場合である。何と言えば良いのか、そもそもどう説明するつもりで来たのか、彼ひとりだったとしてもだ。
答えは見つからないまま、腰を降ろしたコンクリートの床から冷えが頭の先にまで伝わって行く。身を縮め、マフラーに首を埋める。電車が何本か通り過ぎた。エレベーターも何度か階を行き来した。階に降りる住人の何人かはドアの前に座り込んでいる人影に気づいたが、何も発しないで通り過ぎた。
エレベーターを降り、影を認めるなり足を止めたその男もだ。
「カール…」
のそのそと立ち上がるシグルドは尻と膝に痛みを覚え顔を歪めながら、呼びかけた。「おかえり」
カーランは指先ひとつ動かさず、立ち止まっていた。
「やっと帰って来た……寒かった?」
おかしな質問だった。12月は寒い。シグルドの指先も感覚が無く動かなかった。
カーランは黙したままで歩み進め始めた。変わらない足取りで、シグルドの目の前で、方向を変え、鍵を開ける。それを見て初めて気付いた。鍵を自分も預かったままだ。返さなくては。
開いたドアはカーランを受け入れ、中途半端な位置で止まった。首を伸ばして中を窺い見るシグルドに、カーランが背を向けたまま言い放つ。
「閉めろ」
慌てて内に入り、手を添えてそっと閉じる。脱ぎ捨てられた靴の踵を揃えて置き直す。すぐ先ではカーランが冷蔵庫を開け、缶ビールを取り出している。炭酸ガスの抜ける音と、喉の鳴る音。ヤカンの底がコンロで嫌な鳴き方をする。つまみが捻られる。チッチッチッチッチ、カチッ、カチ。電池の残量が少ないのかもしれない。
10畳近くある部屋は、エアコンひとつではなかなか温まらない。シグルドは部屋の真ん中、足の低いテーブルの前にコートを着たまま座り、壁に面したデスクに向かってノートパソコンを叩いているカーランの背中を見ていた。弱火に掛けられていたヤカンも、10分もすると笛を鳴らす。カーランはビール缶をベコリと潰しながら立ち上がる。シグルドのすぐ傍まで歩み寄って、その後ろに積んであったカップ麺をひとつ手に取る。
「食いたければ勝手に食え」
シグルドの方には顔も向けずそう言って、台所へと消える。一番上にあったものを右手に取り、その下のを左手に取り、右のを戻して、また取って左のを戻し、結局一番上にあったものを持って早足にカーランの後を追うと丁度扉の所で鉢合わせぶつかりそうになる。慌てて道を譲りカーランを通してから台所に入り、ヤカンに入っていた湯を注ぐ。更にもう一杯作れそうな量が残った。一瞬迷った挙げ句、捨てずに残したままコンロの上へとヤカンを戻す。箸立てに一膳立ててある箸を蓋の上に置く。
熱いカップ麺を胃に流し込むと、漸く体も温まった。大きく息を吐いて、シャワーの湯が床を打つ音と、プリンターが息を切らしている音をぼんやりと聞く。印刷物は、結構な量があるらしかった。自分ばかり休んでいるのも悪い気がして様子を見に行くと、ベッと吐き出した紙を最後に、シンと静かになってしまった。指先でそっと一枚一枚捲り確かめると、きちんと失敗なく仕事をやり遂げたらしかった。大学の講義に使うレポートのようだ。
何とはなしに、のつもりで目を通していたつもりが、自然と彼の書く文章の癖を探し始めていた。その頃は意識もせず目をの表面を滑って行ったものが、今は意識しようとしなくても刺激を与えて行く。それ程、昔ではないのに。たった一年前の風景であるのに。
風呂場の戸が開く音が聞こえて、シグルドは悪さを働いていた子供のように、跳ね上がって辺りを見回し、急いで元居た場所へと戻った。
「俺も風呂貰って良いかな…?」
再び開けられたビール缶を手に帰って来たカーランに窺うが、返事は無く、「貰うよ」と背中に声と視線を投げて風呂場へと向かう。
顔も見れたし、これで良いのだろうか。今はお互いに違う道を歩んでいる。無理に連絡を取り合う必要もない。結局は、どうしたって疎遠になってしまうのだから。
そもそも何をしたくてここへ来たのかも、未だ分からない。帰ろうかと、今居てやるべき家を思った。クリスマス、家族の無い朝を迎えたら、あの幼い子供はどれほど傷付くだろう。あぁ何故出て来てしまったのか。帰ろう。そもそも今年の春、心は全て決めて、この部屋を発った筈なのだ。
早々に風呂を済まし戸を開け、シグルドは気付いた。この時間、帰る手段はもうない。
何をやっているのだろうと、壁に思い切り頭を打ち付けたい気分だ。

体を拭い、服を。当然、先まで身に付けていたものを着直すのだが。手を伸ばした先には、二式あった。着て来た服と、ペタンと畳まれた新しい服と。
それはどちらも、自分の衣服だった。ただし、一方は、タンスから出されたばかりの。
シグルドは大急ぎでそれを身に付け、洗面所を兼ねた脱衣室を出る。洗面所には、コップと歯ブラシが2つずつある。リビングに向かうには台所を通る。菜箸と、食事用の色違いの箸が二膳立てられた箸立て、柄の違うマグカップも2つ。七味唐辛子の瓶と、一味唐辛子の瓶。どちらかは半年以上使われていない筈なのに、埃も被っていない。
「カール、カール…、俺…!」
カーランはデスクに向かい、プリンタから吐き出されたばかりのレポートに目を通している。シグルドの方へ、顔を向けようとしない。頑なに。
「カール!」
腕を掴み、引いた。彼が手にしていたレポートが二、三枚バラバラと落ちる。フッダーにはページ番号。
「何で、こっち見ないんだよ!」
引いて体を向かせ、胸倉を掴んで押し上げて、やっと目が合う。
「何で何も言わないんだよ!」
唇は真一文に結ばれたままで、開け、開け、と頼み込み、まるでノックするように、掴んだ拳で揺さぶる。
「俺のこと、待っててくれたんだろう?ずっと、何時戻って来てもいいように。言えばいいじゃないか、言ってくれないと、分からない!でなきゃ、怒ってくれよ、何で分からないんだって、馬鹿野郎って、怒鳴って殴るなりなんなり、してくれよ!」
違うよ、カール。そんな顔をして欲しいんじゃない。
手を離すとカーランはレポート用紙のように床へ滑り落ち、慌てて拾おうと腕を取ったが、その場へへたり込んでしまった。
バラバラだ。元には、戻せないのだろうか。手で寄せ集め、フッダーのページ順に重ね合わせ、机の上にひとまず戻して、シグルドも向かい合って正座する。
「カール、すまない。もっと早く、来れば良かったんだ」
酷い言い合いをして、追放されるようにこの部屋を出て、数週間は寝る暇もない程忙しく立ち回り、やっとまともに布団で横になった時には、電話が通じなくなっていた。あらゆるアドレスにもメールを送信してみたが不通で、次の日には、何年ぶりかに便箋を買い求め手紙をしたため、投函した。流石にそれ自体が戻って来る事はなかったが、カーランから手紙が来る事もなかった。何通か、送ったのだったが。返信が無い。それだけで、判断した。カーランは、迷惑に思っているのだ。もう、かつて約束を交わし同じ未来を見ていた者は必要のない人間となり、その者が交友を求めるのは、迷惑だと。勝手に、決め付けたのだ。
手紙を出すのは止めた。
返信が来なければ、ここまで手ずから取りに赴けば、良かったろうに。
覚悟も、信頼も、愛情も、なんと薄いものだったろう。己が、抱いていたものは。
「待っていた?お前が、戻って来ると?そんな筈…ないだろう。何を、馬鹿な事を」
ぼそぼそと、独り言のように、カーランが口を開いた。シグルドに向けられてはいない。言葉も、視線も。
「可能性のない事に思い馳せるのは『待つ』のとは違う。ただの、独り遊び、狂った妄想さ」
ポーズを取れば、ヒーローになれる。ヒーローになれば、悪事を働く怪人が必ず目の前にやって来る。ビームは出したつもりで満足、後は、パンチキックでやっつけられてしまうことにする。
怪人あってこそヒーローはヒーローになれる。怪人が来なければ、自分はヒーローではないから奴らは来ないのかもしれないと、先に変身してみるのだ。季節が変われば、新しい衣装に二人分を入れ替え、大きなベッドでは、体を端に寄せて。怪人はやって来ない。だってここは、平和な地球。平和を信じて、変事に思い馳せる。ヒーローの存在証明。小さなひとりぼっちのヒーローは、夢が醒めても夢の続きを遊ぶ。
「夢、そうだ、夢を見ているのさ。何故、夢を見るんだ?何故、俺に夢を見せようとする?夢は醒めるだろう、必ず。常識、摂理、知っているはずなのに、夢を見せて、喜ぶ俺を眺めて、嗤っているのか」
カーランは自ら嗤って、顔を上げた。
「騙されないぞ、シグルド。俺は、騙されない。知っている。俺は知っている、今日は何の日だったか。そうだな、お前はそういうのが好きだったな。そういう事だろう?」
今晩は、魔法のような、夜らしいんだ。何でも許されてしまう。それは、今晩限りに許された夢だから。
「それともお前は知らなかったか?」
クリスマス、魔法の夜を越えてやって来る、サンタクロース。サンタクロースは、居ないんだ。子供に夢を届ける、架空の存在。子供が眠りに着いた夜中、本当に夢を届けに来ているのは、サンタクロースではなく、サンタクロースの振りをした父親だ。カーランは得意気に種明かしをしてみせて、また、「知らなかったか」と尋ねる。
「一年間行儀良くしていた子供の元に、一年間行いを見守っていた父親がプレゼントを届けに来るんだ。分かるか?良い子にしていても、評価する者がなくては意味がない。サンタクロースは架空の存在だ。だが子供らにはそれの代わりになる父親が居る。では、父親の居ない子供の元には、誰が何を届けに来るんだ?さぁ、問題だ。考えてみろ」
カーランはシグルドがまだ幼い頃、母子家庭で育ったことを知っている。子種を残した父親は他で、別の妻を娶り暮らしていた。父親とその妻、そしてその子、四人で暮らしたのはシグルドの母が闘病の末、この世を去った後から。シグルドが高校に上がり独り暮らしを始めるまでの、ほんの数年の間であった。父親不在のシグルドの元に、サンタクロースはやって来たのか。
「来たよ、俺の所には、サンタクロースが。確か、叔父さんがサンタクロースをやってくれていたんだ」
「叔父、成る程な、それは血縁の好というやつか?」
「何、言ってるんだよ。分からないよ、カール。叔父さんは確かに血の繋がりがあるし、普段から俺にとっては父親の代わりみたいなものだったけれど、叔父さんが居なくたってサンタクロースは来たはずだよ。母さんが代わりになってくれたかもしれないし、近所のおじさん、仕事仲間のお兄さん、誰だって、代わりになってくれるだろう?」
口端を釣り上げ、シグルドの解答を聞いていたカーランは、皆まで聞くと、とうとう笑い声を上げた。
「誰だって代わりになるか、そうか、そうかもしれないな」
ひとしきり笑うと、また嘘のように静まり、低い声で問い掛ける。
「そのサンタクロース代わりの父親代わりを、頼まれる誰もが、それを喜んで引き受けていると思うか?」
良い子だったのかも見ていなかった、余所の大人が、寒い冬の夜に、余所の子供に夢を届ける為に足を運ぶ。あぁ仕方ないなぁ、いつも世話になってる先輩の頼み、断れないよなぁ。どうせカノジョも居ないし、当然自分のコドモも居ないし。ったく、寒いのに面倒臭いなぁ。
「そんな事、考えて、どうするんだよ!いいじゃないか、面倒がったって、意地悪に、子供の目の前でタネ明かしするわけじゃないだろう?演じきって、くれるんだろう?サンタクロースが来てくれたんだって、子供は喜ぶ、それで十分じゃないか。何が言いたいんだよ!」
意図が掴めない会話に、苛立ちすら覚えていた。
カーランは高校に上がる少し前に、両親、兄弟共に亡くしたと聞いた。最初は、どこか似た境遇から、互いに興味を抱いたのだったかもしれない。だがシグルドと違い、幼い彼の元には、『本物のサンタクロース』が来てくれていたはずなのだ。一年間行いを見守り、そのご褒美として、欲しがってたものを夢に乗せて持って来てくれた、『本物のサンタクロース』が居たはずだ。それなのに、彼は、どうしてこんなにも、憎しみに支配されているのだろう。
「頼まれて断れずに、帽子を深く被って、付け髭を付けてやって来たサンタクロースが、無理矢理、その家の子供の手で正体を暴かれたら、髭も帽子もない素顔で、どんな表情を浮かべると思う?」
あっ、このお兄ちゃん、サンタクロースじゃないよ。ボク見たことある、お母さんのカイシャに居る人だよ。
「さぞ、嬉しそうな顔をするだろうな。サンタが急の用事で、頼まれたとでも言い訳するかもしれない。来年はちゃんと本物のサンタクロースが来ると言って、来年からはこんな面倒な行事に付き合わなくて良いと、大喜びで帰って行くだろう」
そんな事を考えて、どうするのだ、とシグルドは再び、小さく繰り返した。次の年にはまた、今度こそ本物のサンタクロースがやって来る。それで良いのだ。何時の間にか、俯いているのは、シグルドの方だった。
「まさに、そんな表情だったよ。俺が、次の年のプレゼントは要らないと断ってやった、サンタクロースと思っていた……いや、父親だと思っていた、男は」
俯いたままで聞いて、頷いた。そうか、オトウサン、そんな表情をしていたんだ。
自分のコドモでもないのに、オトウサンの振りして、サンタクロースの振りして、他所の子供に夢を見させて遣って、あぁ面倒だ、でもその時は「私達の子にしよう」に頷いてしまったのだから、仕方ない。さっさと眠ってしまえば良いのに。でなければ、自分の女なのに、手も出せないなんて。
「………どういう、意味だ、カール?父親だと、思っていた?」
そんな話は、初めて聞く。整理が追い付かなかった。
「夢を見させられていたのさ。十年以上の間、狂った妄想の中に生きていたんだ。何故だ?シグルド。どうしてそんな、無意味で、虚しいことを、させるんだ」
どこか似た境遇と思い、興味を抱いたのはカーランの方も同じであった。生を受けた時から厄介なモノだとと存在を否定され、何処へ行っても居場所なんかなかったのだろうと、共感を抱く、一人遊び。加速させたのは、子供の欲求に適うよう作られていた精巧な玩具か。
「そんな、そんな……話してくれたって、良かったのに……」
こうして、期待を裏切らないギミックを全て備えているから。
「話したら、何になると言うんだ。返って来るのは、慰めの言葉か?また、何にもならない。無意味で虚しい、その場だけ喜ばせる夢のようなものではないか!」
「違う、そうじゃないだろう、カール」
「そうやって、お前も嗤っていたのだろう。何も分からないと思って、夢だとか、如何にも綺麗なもののように言って、結局は騙して楽しんでいただけではないか!」
「ち……っ、違うつってんだろうが勝手に訳分からねぇ事グダグダ言いやがってクソハゲがァっ!!」
パチィンと、景気の良い音が響いた。
カーランが目を真ん丸に見開いていた。
そのすぐ鼻先で、シグルドが真剣白刃取り宜しく、両手の平をビタリと合わせていた。
「………まだハゲていない」
「うるさい!何だよ、何だよ!てめぇだけ、被害者面かよ、訳分かんねぇよ」
「被害者面?俺の気も、知らないで、よくそんな事、」
「俺の気も知らないで、だって!?分かる訳ないじゃないか。カールの方こそ、俺の気持ちなんか、全然分かっていないじゃないか!」
思い悩む事があれば、相談して欲しかった。愚痴でも良い、その場限りの気持ちを共有したかった。その関係を壊してしまったのは、シグルド自身だったかもしれないが、あの時抱いていた気持ちには偽りも何も無かったのに。それなのに、この男は、
「俺だって、ずっとこの部屋でカールと一緒に居たかったさ。今だってそう思っている。それなのに、それが叶わないっていうだけで、俺のあの気持ちが全部嘘にされちまうのかよ。無意味な事に、なっちまうのかよ。訳分かんねぇ、訳分かんねぇよ、馬鹿じゃないのか!?俺の方が被害者じゃないか!俺の方が可哀想だ!」
唖然としているカーランを前に、シグルドは尚、捲くし立てた。「逆ギレ」と、カーランが呟いた気がしたが、勢い良く蹴散らした。
「嫌われたんだって思ってたから、ここ来るのだって、すげー勇気出して来たのに、カール全然帰って来ないから凍死するかと思ったし、来るまでだって長い距離電車乗って、尻痛くなって、玄関の前なんかもっと固くて尻痛くなるし、それなのにカール、やっと帰って来たと思っても何も言ってくれないし、しかも何だよ、クリスマスディナーが、カップ麺って!カップ麺とビール!外で食って来てないなら、チキンくらい買って来いよ!ビールじゃなくてシャンメリーだろう!ケーキも無いとか、何だよ!ケーキ食いたいよ、ケーキ!ケーキ!あとセックスさせろよクリスマスなんだからよォ!半年以上ヤってねぇんだよ、俺は、カールとしたっきり、クリスマスなんだからケーキ食わせろセックスさせろよ訳わかんねぇ事ばっかりグダグダ四の五の言わずにパンツ脱」
パチィンと、景気の良い音が響いた。
シグルドが頬を押さえて横倒しになっていた。
カーランが、膝立ちになって息荒く、それを見下ろしていた。
「………シャンメリーなんか飲むのは、小学生までだ」




のぉおおなんだこの展開は!どこ行くの!?無し無し、これ無しで…っっ
全然話が繋がって行ってくれないですもういっぱいいっぱいです投げ出したい所ですが仕切りなおしで、
ちょっとこの辺もじゃっと何かやり取りがあって、どこから無しになるのかも分からないけど、はい場面進んでよーいどん!





「本物のサンタクロースが居て金の延べ棒をもってきてくれたら幸せだっていうんじゃないだろう」
結局、幸せというのだって架空の存在なのだ。幸せというモノは存在しない。そこにある与えられた塵屑の中に、自身で見出す夢が、幸せという気持ちに変わるのだ。金塊があれば幸せなのではない。血を分けてくれた父と母が見守ってくれるから幸せなのではない。そこに、ひとりで勝手に、如何なる思いを抱けるか、なのだ。
「カールの父さんと母さんだって、ちゃんと教えてくれたんじゃないか。もしかしたら、カールの考える通りに、本当の子供じゃないからっていうのが理由で、本当の愛情は注げなかったのかもしれない。嫌々、嘘を、演じていたのかもしれない。けれど、そんな中でも、幸せを感じられるようになってほしいって、夢を抱ける子供になって欲しいって、それは愛情、じゃないのか?幸せになって欲しいって、願われているのは、本当の親の愛情じゃないのか?」
夢を見ていた時を、カーラン自身も幸せに思っていたはずなのだ。だから今も彼は、未来を目指す事ができるのだ。こんなに巧みに、揺るぎない計画性で、未だ形のない幸せを描く事ができるのだ。万が一綻んだとしても、決して諦めはせずに。シグルドは何よりそこに惹かれ、また時経ても失われる事はないだろうと、信じていたからこうして無理にでも会いたいと、やって来た。
そして彼は実際に、その強さを持ち諦めずに未来を見ている。そればかりか、過去もこれほど大切に、そのままの形で。むしろシグルドよりもずっと完璧に、取っておいてくれているのに。
「それを嘘だったとか、無意味な事だったなんて、カールが思っている訳ないじゃないか。思っていないからこそ、そんな事言うんだろう!嬉しかったから、悲しくて苦しいんだ。嬉しかった事が元々存在していなかったなら、悲しくも苦しくもないんじゃなかったのかって、そうしようとしているんだろう?」
悲しければ、苦しければ、言って欲しい。無かった事にするのではなく、あるものとして、一時凌ぎに紛らわして行く方が余程良いのだと、教えて遣るから。マイナス以上のプラスを加算すれば良いのだ。
「俺の気持ちまで、無かった事にしないでくれよ。離れたって、俺が居なくはなってないんだ。消さないでくれよ、俺の事ちゃんと見て、認めてくれよ。じゃなきゃ、何もしてやれない、始められないんだ」
電話も通じない、メールも届かない。手紙だって、封を開けて貰わなければ。
「手紙だって……きっと読んでくれていないんだろう」
「………食べた」
「読まずに?」
カーランは少しも表情を変えず、しかしソロソロとシグルドに視線を向けた。
「ヤギ、かっ」
その頭に手刀を振り下ろし、もすっとめり込ませ、その手の指をそのまま、髪に差し通す。じっと見詰め合って、確かにお互いを見ているのだと、確認して、カーランの眉がほんの数ミリぴくりと動いたのを合図に、シグルドはその頭を引き寄せた。
「ごめん、ごめんな。手が空いたら、電話だとか手紙だとか言ってないで、夜中でも、タクシー使ってでも、来れば良かった」
何度となく謝りながら、身を預けはするが、決して腕を伸ばしたりはしないカーランに寂しく思うのだった。まだ、遠い。まだ距離がある。そして思い出した。
『そんなに、血の繋がりが、大切か!結局お前も、そうなんだろう!』
別れ際、そう責め立てられた。彼の家族が誰かひとりでも残っていたら自分と同じようにしただろうと、その時は卑怯だとも思える返しをとっさにし、後悔を抱いたのだったが、あれは違う意味があったのだと漸く気が付いた。図らずも、認めてしまったのだ。血の繋がりがないから、彼を切り捨てるのだと。
「そうじゃないのに……大事だよ、カールも、一緒だよ」
同じ家族同然の存在だ。でもカーランは少し大きな、お兄ちゃんだから、ごめんな。
そう言えども、あぁ明日の朝、あの小さな弟が一人でクリスマスを迎えたらどんなに悲しむか、しかしこの大きなお兄ちゃんがもし一人きりでイブの夜にカップ麺を啜っていたとしたら、どんなに悲しかったか。カーランの頭を抱え、自身の頭も抱え、長男シグルドはウンウンと唸った。
「駄目だ、やっぱり、カップ麺じゃクリスマスじゃない」
終電も無いし、今晩はやむを得ない。また明日朝、考えよう。それまでこの体はカーランひとりだけのものだ。
「ちゃんとしたクリスマスするって、昨年約束したよな?まだ遅くないよ」
ひとまず引き剥がし、出掛けるぞ、と宣言した。

とは言ってみたが実際、時間は、とてつもなく遅い。何処かに予約を取っている訳でもない。
今夜が本番との事で、街路樹に引っ掛けられた電球は未だ辛うじて灯されている。ただし、近辺はイルミネーションの名所でも何でもない。温かみのある、華やかさのない、橙一色の電球がチョンチョンチョンと灯っているだけなのである。
アパートのエレベーターを降り、通りに出て、さて、と立ち止まる。シグルドの横で、カーランも並んで立ち止まった。ズボンだけGパンに履き替え、上にはそのままダウンのコートを羽織り、ポケットに両手を突っ込み、前をピタリと締め、首を埋めて白い息を吐いている。
「そこのスーパー、二十四時間営業だったよな……?」
「あぁ」
まぁ、そんなものだ。
シグルドは深呼吸で気合を入れて、カーランの腕をむんずと引っ掴んだ。
「よし、じゃあ、行くか!」
ポケットから無理矢理引っ張り出させた手は、5本の指を噛ませて、貝繋ぎに。「寒い」と抗議され、「12月だからな!」と返すと、ギュウギュウと手を握り締められた。痛みを共有するのも、やはり悪く無い。
痛みを噛み締めながら二十四時間営業のスーパーマーケットへ辿り着く。目当ては勿論、今晩の“ちゃんとした”ディナーだ。ローストチキンは、黄色と赤のヤケクソ・シールが貼られ、四,五パック程辛うじて。
「ケーキが無い!」
まさかホールケーキをスーパーマーケットで買おうとは、思っていない。だがしかし、
「プリンとかも……無い……」
「仕方ないな」
「仕方ないで済まされるか!俺のケーキ!」
スカスカの解凍スポンジ生地と植物油脂と二分の一粒苺で構成されたショートケーキはおろか、ロールケーキも、プリンアラモードも、一つと残らず売り切れてしまっているのだ。
「ケーキが無きゃ、クリスマスじゃない……っ!」
言葉を詰まらせブルブルと振るえ、シグルドは号泣寸前。
「無いものは、仕方がない」
そっけないカーランの言葉は、追い討ちを掛けるが如く。更には踵を返し、スタスタと歩き去ってしまう。
「待てよ、カール!もうこの際ヨーグルトだっていいから、何か…!」
シグルドは慌ててその後を追いかけたのだったが、カーランは、レジとはまた別の方向に居て、立ち止まっていた。いくらか大きめの、箱型の商品を手に持っている。裏面、ごちゃごちゃと書かれた説明書きをじっと凝視していて、不意に表へ返す。
書かれている文字は、『ホットケーキミックス』
「卵と牛乳くらいなら、ある」
ゴスッと乱暴に、シグルドが持つ買い物籠に放り投げた。
「え、え、………え?」
「ケーキ、と書いてあるぞ。これでは駄目なのか」
「ほっ…?ケー…作っ…?カール……が…っ?」
「ちゃんと、喋れ。必要ないなら、やらないが」
「要る!要る!ケーキ無いと、クリスマスじゃない…!」
それならば、とカーランの手を引いて売り場を練り歩く。箱から出して搾り出すだけのホイップクリームと、青果売り場に戻り、果物を。苺が欲しかった。またこれも売り切れてしまっていたので、キウイフルーツを。
手を繋いだままレジを通ったら、若い学生風の青年が複雑そうな表情を浮かべていた。男二人、チキンとケーキ材料。羨ましくもないが、どちらかというと、いやしかし、いやいやそんな訳は勿論ない。
「メリークリスマス!」
シグルドは上機嫌で言い放ち、盲導犬育成募金に小銭を突っ込む。まぁ酔っ払いだと、思われたろう。
シグルドに引っ張られながら、カーランが片手を顔の前で立てて、「すまん」と眉を寄せ軽く首を垂れていた。青年は苦笑いを浮かべ「メリークリスマス」と返してくれた。

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