3P目指す3

没バージョン(シグルド視点)(採用版カール視点はこちら

巴投げが決まった。
すぐ先にあった壁にめり込み、受け身すら取れなかったシグルドは、垂直に頭から落下、首を少し痛めた。試合が執り行われていたベッドの上には、持ち込み違反物が多数散らばっている。置時計、ハードカバー書籍、リモコン、CDケース、乾電池――これはどうやら、時計から抜け落ちたもののようだ。それらを除雪機の容量でベッド脇に押し退け、人の通れる道ならぬ、人の寝転べる場を確保したシグルドは、再度、カーランへ説得に応じるよう、求めた。仰向けになったままで、未だ息を上がらせているカーランへ、にじり寄る。
「ねぇ、聞いて」
「聞きたくない」
「聞いて貰わないと、何も」
カーランはシグルドから顔を背けるように、体ごと横向きになる。その背があった場所に、時計の電池ケースのカバーがあった。拾って、時計の裏側にパチンとはめ込んで、取りあえずはテレビの上へ乗せておく。
「そういう風に、怒ってくれるの……嬉しいんだけどさ」
カーランが先までの表情を呼び戻し身構えたので、シグルドも咄嗟に、まるでカエルのような体勢で応えた。
「独り占めとか……されたいじゃん?」
まぬけな体勢のままだったのが、よりカーランの神経を逆撫でしたのか、それとも次の一言が最終的に追い討ちを掛けてしまったのか。
「聞いてくれた後での“お仕置き”なら、受けても良いんだけどな」
こめかみまで脈打たせながら、「出て行け」と怒鳴りつけたカーランには、次いで
「今度こそは、本当に、お前には愛想を尽かしそうだ」
と言い捨てられ、更に背を向けられてしまった。
『今度こそ』『本当に』と言いながら、『愛想を尽かした』ではなく『尽かしそう』となる辺りが、彼の甘いところだと思った。そして、申し訳ないとも、思ってしまうのだ。
自分のような男に。ヒュウガ曰く、『遊び半分で』関係を進めてしまうような質らしく、また、自ら顧みても、否定できないところがある。そんな男に対して、不器用ゆえの真剣さで想いを向けてくれる彼には。

彼が怒るのは、当然。しかし本気で、シグルドの気持ちがヒュウガに移ろいだと疑い怒っているのとは違った。
互いに知らない所は無い間柄が、離れた場所での生活で、知らぬ所が増えて行くこと。果て、気持ちまで変わってしまうこと。それを危惧してしまう情けなさへの憤り。そこへ、煽るような光景を見せられては、漸う留めていた憤りは簡単に、その相手シグルドの方へと転嫁され、決壊してしまう。
元々は内に向かって抱いていた憤りだ。“独り占めしたい”そんな欲望は、認めたくないのだ。
シグルドの弁明は、聞きたくないのでなく、聞く必要が無いのだろう。シグルドが謝る必要もないと、思われている。時代錯誤な程堅気な彼の背を眺め、肩の力を落とすと、シグルドは溜め息と共に座り直した。
「カール、おいで!」
胡坐をかいて、両手で膝をパンパンと。チチチッと舌を鳴らして、
「おいで、カール」
出て行けと言われた者が何を言うかと、頭の狂った相手を確認する為に振り返るカーランに、シグルドは微笑んで手招く。
「何のつもりだ、犬でも呼ぶみたいに」
シグルドは首を振る。
「犬はこうだろ?」
ヒュウヒュウと口笛を吹いて。
「猫だよ」
チチチッと舌を鳴らす。
「ばっ……馬鹿にしているのか!」
激が付くほどの怒りを買う。
「来ないの?おいでよ」
構わずに膝を叩いてみせると、鼻に皺を寄せ、尾を膨らませ、フゥッと威嚇の呼吸で、カーランがじりじりと間合いを詰めて来る。すぐ手の届く距離、けれど一太刀だけ浴びせてすぐ逃げるにも十分な距離で、ピタリと。
「座ったら?特等席でしょ」
そこまで来れば、懐に飛び込むのは、一か八かの度胸だけ。
「俺は、出て行けと言ったんだ」
「そうだっけ……困ったな。そこに座られると、出て行けない。どうしようか」
「……仕方ないから、明日まで、猶予を持たせてやる」
甘く優しいお言葉。それが送り出された唇に、感謝を述べ、首を伸ばして口付ける。
威嚇の顔が、今や既にむくれ顔になって僅かに逸らされ、音を付けるなら『ぷい』。真っ直ぐ向かせるには、やはり、感謝だけでは不十分だ。彼が欲していないにせよ、謝罪の言葉を。
「ごめんな」
「聞きたくない」
「一人で居させて、ごめん」
腿の上に跨るカーランは、シグルドの目船より微かに上に在る。俯いても、表情は隠せない。
「寂しい思いさせて、ごめん。不安にさせて、ごめん」
「それは……」
明かりの影になろうと、この距離では、はっきりと見て取れてしまう。
「カール?」
呼びかけられたカーランは、視線を寄越そうと半ば落とされていた瞼を押し上げるが、その手間も要らぬ位置に、シグルドの目があったのだと漸く気付いたらしい。一瞬息を呑むが、すぐ自棄になったのか、目線を鋭くさせ、手荒な仕草でシグルドの肩の上へと両腕を投げ出し、言い放つ。
「そのことはもう、折り合い付いただろう。何時までも愚痴っぽく言うつもりはないぞ」
頭の後ろで手が組まれたらしい。シグルドは代わりに、カーランの腰へ腕を回した。
「そうか……、ごめんな」
「だから、謝らなくていい」
「……分かった」
くすりと笑って頷いてから、服の裾をたくし上げて、直に触れた場所で手を組む。
「ん……」
どちらともなく、引き寄せ合って、口付けを改めて。触れ合わせ、宥めるような口付けではなく、相手の深くまで手を伸ばし、攫って来てしまうように。
もう、と思いシグルドが身を引こうとしても、その下唇を咥えたカーランがそれを離してくれない。一、二度引っ張ってみてから、苦笑いして舞い戻った。
「足りない」
「ふぁい」
延長お願いシマースとの要望はあったが、組んでいた手を背中まで這わせて行くと、それは困りマスとのことらしい。身を捩り、拒否を訴える。
肩甲骨から、回って、表へ辿り着こうとすると、とうとう唇が解放され、手は押し下げられた。
「ヒュウガが、まだ居るんだろう」
「じゃあ、しないの?」
「早く帰らせないと」
酷い男が、ここにも居た。ヒュウガはどうやら、友人に恵まれない星回りのようだ。
「風呂入りに行ってるからな……もしかしたら帰らない気かもしれないぜ?」
「何をやっているんだ、奴は」
この光景を見たらヒュウガも同じ言葉を言うだろう。『何をやっているんですか』。
「ヒュウガが居たら、できない?」
「なっ……ば、っかな事を」
馬鹿な事を言うな、と言おうとしたのだろう。カーランは、すぐ言い変えた。
「馬鹿な事を、考えているんじゃないだろうな」
睨みを利かせるが、彼が“甘い”ことを、シグルドは先に確認済みだ。また愛想を“尽かしそう”にはなられてしまうかもしれないけれど。

 


この辺で詰まって方向転換しました。

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