最初からこんな感じでした


2011年07月05日

丸くなったバニーに寂しさを感じるおじさんの話。シーズン終幕表彰式後の打ち上げのその後。 

 

 

愛想笑いが板に付く。

変わったと思う。
去年はこの場にさえ居なかったのだ。
子供のように拗ねていただけなのだと、今になっては思えてしまう。
ヒーローを続ける理由。

賞賛の言葉、賛美の目。

正装着に身を包み、板に付いた愛想笑いで。


シーズン終幕を労うパーティーの後には、ヒーローだけが集まっての手短な打ち上げもあった。
去年はどうだったのだろう。その前の年には。
虎徹には、それらに出席した覚えも無く、しかしこのように集まって皆が所属も関係無しに飲み笑い語り合うことは、これ以前もずっと同じ空気で行われていたようにも感じた。
皆がシュテルンビルトの平和を守る、ひとつのチームとして。ずっと、以前から。
「ちょっとその辺散歩してから帰ろうぜ。酔い覚ましだ」
そう声を掛け、帰り際を引き止めたこの男も。
「えぇ。いいですね」
もう何年来もの相棒として、こうして隣を歩いているように。


街は昼とは異なる光に溢れ、それでも昼夜変わらずに抱かせる心は、安らかだということ。
我々が守る街なのだから。
夜は深まるが、道行く人に悪念は無く、街灯に照らされた明るい表情ばかりが浮かぶ。
虎徹の隣で時折声を掛けられ手を振り応えるバーナビーの面持ちも、ただただ、街灯の明かりに柔らかく照らされていた。
「大したもんだよなぁ」
「はい?」
「ん、なんつーか……」
虎徹は帽子を押さえるのが癖だった。風も吹いてはいないのに、飛ばされて行ってしまうような気になるのだ。帽子を押さえ深く被り直し、鍔の影になった間からバーナビーを見据え、彼の功績を改めて称えた。シーズン最高獲得ポイントにより、MVPの称号を与えられたのだ。デビューからたった1年でここまでの活躍を見せたのはこの業界初の偉業である。
「それは……僕だけの力ではありませんよ」
コンビを組む相棒の力添えあってこそであると、バーナビーは語る。
「僕ひとりではここまでのポイントを獲得できませんでした。あなたの力添えあってこそ、だと思っています。本来ならば虎徹さんが獲得するはずのポイントまで僕が譲り受けてしまっているような気がして、ズルをしてるんじゃないかって心配になったりするんですよ」
「それはねぇだろぉ」
一人で二人分のポイントを貰っているのであれば、最高ポイント獲得も当然ではないかとのバーナビーの自説を虎徹は笑い飛ばして否定する。
「そしたら、ケツから2番目だった俺が4位だっていうのはどう説明すんだよ。こっちこそ、バニーの貰う筈のポイント分けて貰ったって事になるだろ?」
どう説明付けるのか、と肘で突っつけばバーナビーも釣られて笑い返し、二人はまるで悪巧みでも決めたような顔で、
「コンビだからこそ、って事で」
と耳打ちし合ったのだった。


それは何処まで歩いても、良い夜のようだった。立ち寄った高台の公園では一件の屋台が丁度店仕舞いの最中で、それを見つけた虎徹は走って行って、売れ残りの商品を半額の値段で買い取って来た。「ツイている」と笑みを見せる虎徹にバーナビーは呆れたような素振りをしながらも、差し出された片方を受け取った。そして一口かじり、
「甘い……」
と呟いて眉を潜める。
「ドラ焼き。食ったことないのかよ」
「なかったです」
かじり口をじっと眺めてから、また一口、二口。虎徹はその様子を見て、ハハハッ、と意味も無く笑う。
「飲んだ後って甘いもの食べたくならねぇ?」
その問い掛けにバーナビーは首を傾げるが、しかしそれもなかなか良いかもしれない、と頷いて口を動かす。
「旨いか?」
「はい」
「そうかそうか。お、こしあんか」
「あれ。中身が違いますね」
「ん?」
「こっちは……梅?」
「梅?初めて食うのに邪道なの当てさせちまったな。交換するか?」
「美味しいですよ」
「でもドラ焼きって言ったら普通はな」
「さっぱりしていて」
「あんこの食わないと」
「………こっち、食べてみたいんですね?」
「………ウン」
「最初からそう言えば良いじゃないですか」
半ばまで食べた所で交換し感想を言い合い、ドラ焼きは無くなってしまった。食べながら眺めていた眼下の夜景も、次第に沈んで行く。気付かぬ程のゆっくりとした速度で深々と、静かに。
辺りを見回せば、人足も随分と減った。
公園内に設置された照明灯が微かに訴える不調の唸り声がやけに耳に響くようだった。

その静寂の中で不意に、虎徹の内で先の酒の席の光景が蘇る。静寂の中に蘇らせた騒々しさは、ほんの数刻前の出来事にしても、ずっと遠い思い出にさえ感じてしまう。口に出せば、本当にその通りになってしまいそうで、寂しい。そう、寂しいのだった。去年はどうして居たのだろう。一人で居た筈だったが、確か表彰式の後には夜の街をぶらぶらと歩き、そのまま――。
「何か、寂しいですね」
虎徹は、隣から零された呟きに、大袈裟なまでに驚き飛び退いた。その呟きを零した当人は、まさか虎徹自身が同じ思考を抱いていたとは思いも寄らない。ただ自分がそうした思いを抱いており、また実際に口にした事に対し驚いたと推測したのだろう。罰が悪そうに照れ笑いを浮かべて言い訳を述べる。
「煩いくらいだったのに、こんな静かな所で思い出すと、夢でも見ていたみたいで」
「ん、まぁ、な」
虎徹は頷き、「スカイハイの大声がまだ頭蓋骨に反響しているような感じがする」とおどけて付け加えれば、バーナビーはその光景を鮮やかに蘇らせたのか、その時と全く同じ表情でころころと笑った。
「みんな、あっちのパーティーでは気取ってたのに、まるで別人みたいに」
「バニーだって」
「そうでしたか?」
バーナビーは眼鏡を外して目元をゴシゴシと擦りながら首を傾げた。スポンサー主催のパーティーの後は、会社のお偉い方の二次会に誘われていた彼がまさかそれを断り、仲間内の二次会へ出席するとは、まるで別人のようで。
「だって、すごく楽しかった」
そう言う彼の表情にも違和感を感じない自分はまるで別人のようで。
「また今シーズンも頑張りましょうね」
「おう」
「僕と虎徹さんで、次こそワンツーですよ」
「俺がMVP?」
「MVPは僕ですよ!」
つい今まで下がっていた眉を本気で釣り上げるバーナビーを、冗談だ、と笑ってたしなめる。
膨れ面はただの負けず嫌いの顔で、それ意外の意図は見当たらずに、彼の顔は沈み始めた夜景の中で灯りに照らされ浮かんでいる。
「そら、そろそろ帰んぞ」
虎徹は風の無い夜に帽子を押さえ、踵を返す。
「僕はこのまま歩いて帰りますよ。もう、すぐ近くですし」
「おう、そうか。俺はタクシーでも拾うよ」
手をひらひらと振っておやすみと言えば、
「おやすみなさい、虎徹さん」
と丁寧に。
口端を釣り上げて振り向くと、同じように笑みを作ったバーナビーも丁度反対の方向へ爪先を向けるところであった。
首だけ後ろにひねり、歩き去るバーナビーの背中を見送っていた。そしてついに立ち止まり、真っ直ぐに向き直って、呼び掛けた。
「バーナビー」
昼とは異なった淡い光。眠りに着く前の安らかな夜の街と、その街を守ろうとする者の、柔らかく健やかな思いを。
カシャ。
「え」
最新の技術がありのままの姿でこの先々へ向けて記録する。
「ちょっと、何しました?今」
「悪ぃ、呼んでみただけ」
「じゃないでしょう、聞こえましたよ。カシャ、って」
「だーいじょうぶ、良く撮れたから」
「そういう問題じゃないです」
あっという間に縮められた距離で、バーナビーが手を伸ばす。虎徹は写真が収まっている端末機を振り上げ、逃れようとしたが、その手首を捉えられてしまった。
「消して下さい」
「何で?ほら、よく撮れてるだろ」
「だから、そうじゃなくて」
「何で」
「嫌いなんです、写真」
強く振り解けば、割に易く捉えられた腕は解放された。
「何だそりゃ。あんなに色々撮らせてるじゃねぇか」
「あれは仕事ですから」
何の為にする仕事か。何の為の授勲か。
問うことは既に意味を持たない。
問う代わりに、同意を寄せた。
「俺も写真は嫌いだな」
そして撮った写真は消さずに端末をポケットの中へ仕舞ってしまう。
「はぁ?だったら、」
「嫌なんだよな、写真って」
「意味が分かりませんよ」
「なぁ、バニー。何で写真嫌い?」
真っ直ぐな視線は何も語らなかったが、そこから目を逸らした虎徹は「そうだよな」と言って頷く。
「けど、無い方が、寂しいんだよ」
「僕、何も言ってませんよ。意味が分かりません」
「分からなきゃそんでいい」
仕事で撮られるものとは、確かに別物であると納得を得た。
この手で写した写真は、過去も現在も横並びに連なって、全て一緒くたに遠い思い出のように感じる。
「ほら、帰んだろ」
拳で胸をドン、と叩いて、引き下がらないバーナビーを突き返し、そうしてから脈絡も無いような話を不意に思い付いたように持ち出した。
「そうだ、何だかんだで俺、お前の事バニーって呼んじまうんだよな」
藪から棒に何の話だろう、と顔をしかめるバーナビーに、虎徹はヘラヘラと笑いながら謝り、
「俺、“オジサン”だからさぁ。最初に定着しちまうとなぁ」
帽子を手で抑え顔を隠す。
「……別に、構いませんよ。呼び方なんて気にしてませんし」
「そっか?」
それも、まるで遠い話題だ。
「……虎徹さん?」
一瞬の間の沈黙を訝しんだバーナビーが、帽子の鍔の下に隠れた虎徹の顔を覗き込む、その気配だけを先んじて気取って、虎徹は覗き込まれる前に自ら顔を上げてニッと笑みを作り、
「んじゃ、おやすみ、バニー」
そう言って、今度こそ、各家路へと別れた。


「俺、オジサンだからさ。最初に定着しちまうとな……なーんか、ペース狂うんデス」