背反の眠り(仮)

 

居る住区エリアにほど近い排水処理施設に、有害生物の存在を確認。施設職員の数名が被害に遭う。生存目撃者無し。有害生物種別、不明。軍へ生物の駆除を依頼。
この、ありふれた『バケモノ退治』のミッションが、シグルド・ハーコート、ヒュウガ・リクドウの二人にとって初めての、正式な実地任務となった。

モンスターの掃討ならば、訓練実習で場数を踏んでいる。危うい局面もいくつか乗り越えている。
訓練が任務に。名が変わった程度だと、シグルドも自身に言い聞かせていた。当任務におけるミッションリーダーであるジェサイア・ブランシュも同じ事を言い、
「お前等なら、二人だけだってやっつけられるだろうよ」
と笑って、シグルドとヒュウガの肩を実際に言葉通り、その手で以て揉みほぐした。
幾つかのエリアを抜け、ミッション・ポイントへと到着する。
狭い非常用の通路に一時身を隠し、装備の確認と、ターゲットの観察を始めた。
戦闘には最適な大きな通路と、その奥、1ブロック先の処理場の入り口付近にターゲットは身を潜め、シグルド達の様子を同じように伺っているようだった。
「大きい…ですね。オーファン…とは違いますか?」
携帯端末を操作しながら、囁き声で尋ねるヒュウガに、グラスを覗き込んでいたジェサイアが首を振る。
「違う、な。オーファンにしてはやけにしっかりした手足がある。ウェルス…とも違うよなぁ…」
ウェルスと言えば、人型に近く、大きさはオーファンよりはずっと小さく華奢である。シグルドも首を捻りながら目を細めてターゲットを観察し、鼻をスンと鳴らした。
「……ドライブ?」
ジェサイアは頓狂な声を上げてシグルドの呟きに反応する。
「んな匂い、分かんのかァ?お前、犬じゃねぇのか、やっぱ」
「匂いじゃないです、何か、でも…匂いなのかな…」
曖昧に否定しながら、再び鼻をスンスンと鳴らしてみるが、矢張り匂いがするのかは分からず、ただ確信を持って「ドライブ」だと言い切る。
「勘」
そう言ったのはシグルドではなく、先ほどから一言も発さず、先頭で様子を窺っていたカーラン・ラムサスだった。
「勘、ってなぁ……。まぁ、シグルドが言うんだったら信憑性ありそうだがな」
“お仲間”だから、と言って背中を突くジェサイアをシグルドは嫌な顔をして振り返った。反論しようとした矢先、再びカーランが口を開く。
「信憑性ならかなり高い。仮定だとしても、無視はできないな」
道中、数日前までは稼動中だった民間の施設内にしては、やけに多くの有害生物と出くわした事。またその種類をいくつか挙げ、この地ソラリスでの遭遇はごく稀なものだったと、解説を加える。
「ターゲットにドライブが使用されてるとの可能性がもし仮にあるとすれば、それらの事実にも説明が付く」
「人為的に送り込まれた、とでも言いてぇのかぁ?」
心底意外であるという態度を示すジェサイアを、カーランは振り返って見据える。
「白々しいぞ、ジェサイア。その位、見通しているのだろう?」
ジェサイアは肩をすくめて、首を捻ってみせた。
「それで、仮にドライブの突っ込まれたバケモンだとして、どう動くんだ?」
応えず睨み付けているカーランに、更に繋ぐ。
「好きなようにやってみろ、っつーんだよ。何かやらかしても、責任は取ってやるからよ。リーダーとして、な」
カーランは鼻をフンと鳴らして、再び前へ向き直り、吐き捨てる。
「命の責任とは、どのように取るものなんだ」
カーランの言葉はシグルドをギクリとさせた。横に在るヒュウガの手も、軽く力が込められたようだった。
これから行うのは任務であり、段取りが全て組まれた演習とは違う。全てが予期されぬ展開であり、その場その場で次を予期せねばならないのだ。改めて、気付かされる。
「そりゃ、こんな所で可愛い後輩等のタマ取られないようにはサポートしてやるさ。何、心配ない」
初陣となる二人の緊張を感じ取ったのか、ジェサイアは大丈夫だと言ってその背を小突いた。
後ろにはジェサイアが居て、前にはカーランの背が見える。安心だと、言い聞かせる自分が、情けなかった。
「万が一、ドライブの投与されたモンスターならば」
カーランは途中で言葉を切り、振り返ってヒュウガに尋ねる。
「付近の生態反応は?」
「範囲内には、ターゲット一体だけです」
頷き、続けた。
「無駄に戦意を煽るような事はしたくない。煽るだけ、こちらが不利になる。なるべく短時間で。一撃とは言わずとも、1クールでケリを付けたい」
「戦闘が長引けば向こうさんが興奮するだけだからな」
「そうだ」
手を出し、ヒュウガから受け取った端末からエリアマップを呼び出し、中央に置いて指で指し示す。
「今居るポイントがここだ。向こうからは死角になって居て、正確にはこちらの状況が把握できていないはずだ。攻撃が開始できる直前まではこの状態を維持したい」
「隠れていて、直前で踊り出ろって言うんだな」
「あぁ。このポイントまで、ターゲットを誘い出す」
「誘い出すって……餌でも?」
「阿呆。ふざけてんのか?随分余裕じゃねぇか」
口を挟んだシグルドとそれを罵倒するジェサイアと、その二人を交互に見たカーランは、不敵に笑い、シグルドに向かって頷く。
「その通り、餌だ。人肉のな」
「餌って言えば餌だけどよ……パクッと食わちまったら笑ってもられないぜ」
ジェサイアに指摘されても尚笑みを浮かべているカーランに、シグルドは大体を予想しながらも、恐る恐る尋ねた。
「その、誘い出す役って、」
言いよどむシグルドに今一度だけ視線を合わせ、カーランは再び端末のモニターへ向き直った。
「大体、この辺りまで十分に引き寄せてからだ。ヒュウガは、俺が戻ったらすぐにでもヒールを掛けられるよう。シグルドはジェサイアとタイミングを合わせて、ターゲットにエーテルを打ち込む」
異論、質問、あれば。と皆を順に見渡し、最後にシグルドに向かって「くれぐれも、先走らぬよう」と釘を刺す。ジェサイアは笑いながら「尻尾踏んでおくから」とカーランに言い放つ。
刹那、ヒュウガが、あっと小さく声を上げた。その視線の先で、対象となっている種別不明のモンスターが方向転換か何かしているのか、その後ろ足と思われる部分を大きくこちらへ露わに見せ、蠢いている。
「ありゃ完全に、ウェルスの足だな」
骨格のしっかりした脚が、臀部にかけては醜くぶよぶよと太り、動きは極めてゆっくりとしていて、体の向きを変えるのがやっと、と見える。あの動きならば、一般人だって、容易く逃れられるに違いないと思えた。
「ウェルスとオーファンの融合体…といった所ですか?」
「かもしれないな。ウェルスがオーファンに、いや逆か、オーファンがウェルスを取り込んじまったのか…」
「それは、やはり人為的に…?」
ボソボソと小声であれやこれやとやり取りを始めるジェサイアとヒュウガの会話を、カーランが遮る。
「それは今話し合う事か?ウェルスとオーファンの融合体、それだけの予測が立てられれば十分だろう。後は鑑識の仕事だ」
ヒュウガが身を縮めさせて口を噤み、ジェサイアは態とらしいため息を吐いてみせた。
「状況が何時転じるかも分からない。準備が整い次第、突入する」
各々短く応え、装備の最終確認をし、いざ、とカーランが腰を浮かす。
そして動きを止め、シグルドを振り返った。
「支援エーテルを」
伸ばされた手を、シグルドは慌てて取り、握り締める。
「効果時間は、何秒だったか」
「約、90秒」
身体の奥から湧き出る熱が手の平に集まり、スッと自身から離れて行き、カーランの指が微かに、ピクリと震える。
「以前から…30秒伸びたのか」
勢い良く頷くシグルドにはもう目を来れる事もなく、カーランは前へ向き直り、作戦開始となった。

初めの30秒は、酷く長かった。足音を響かせながら真っ直ぐ躊躇いもなく距離を縮めて行くカーランに、向こうもすぐ気付いたようだった。バタ付いた動作で、先よりは幾らか速い動きで体の向きを変え、顔を覗かせる。顔面の3割は締めていると思われる眼をカーランに向け、その間抜けとも取れる見た目は、初めて対面する玩具を微かに恐れ、そして喜びの気持ちで以て歓迎する、あどけない表情にも取れた。
ヒトの倍以上あると思われる体高で見下ろし、少しばかり興奮を覚えて居るのか、釘付けの頭はそのままに、腰を時折もぞもぞと動かす。
一歩足を踏み出し身体を乗り出し、その長い腕を伸ばせば触れられるか否か、という位置で、対象が動きをピタリと止めたのが合図だったかのように、同時にカーランも足を止め、身体を反転、背を向けた。
そこまでが、きっかり計算したかのように30秒。
対象に背を向けたカーランは軽く跳ねてみせたり、爪先で床をノックしてみたりと、内気な子供が「遊ぼう」と言い出せないのを何とか相手に伝えようとしているかのような微笑ましい動作で、“遊び相手”に誘いかける。対象は動かない。時間ばかり経過し、時計に目を遣る。
まだたった10秒、いや、もう15秒、経過した。
「先輩、ジェサイア先輩」
カーランと端末機を交互に見守っていたヒュウガが、不意に身じろぎ、小声でジェサイアを呼んだ。張り詰めた声にジェサイアも緊張を覚えたのか、声を潜め早口に応答する。
「付近に、生態反応が…複数、」
「何?見せてみろ」
ジェサイアが端末機を引ったくる瞬間、モニターが一瞬だけ、シグルドの視界を横切って行った。
自分等が待機するこの場所に3点、その先に複数の点の集合がぼやけ大きな円形を模し、また2箇所の延長線上に、駆逐対象とカーランを示す2点が。
通路の天井に換気口の金網。カーランの背後で、モンスターの融合体が体勢を低く落とした。カーランの右足が前へ、踏み出す。金網が微か、震えた。
「シグルド!行くな、“虫ケラ”だ!」
視界が朱一色になり、くすぶった匂いと、幾枚かの“虫ケラ”の羽がハラハラと舞い、その霞んだ景色の向こうで、何事か叫びながら駆けるカーランと、床を震わせながら今まさにそれを追い抜く、肥え弛みきった巨体の全貌が見えた。自分は通路の中央に立っていた。
見違えるようなスピードで、それは迫って来る。見開いた眼も、今や間抜けな表情には見えなかった。その眼はシグルドだけを捕らえ、本来の“遊び相手”も、己の巨体の不自由さもすっかり忘れ、澄み切った敵意だけを喜々と浮かべている。
「下がれ、下がれ!」
モンスターに追い抜かれ、並んでいたカーランは、更には距離を離されて行く。彼は何度も「下がれ」と繰り返し、シグルドがやっと言葉として理解できた頃には、巨体は見上げる距離にあった。漸く身を返した時には、後ろで長い腕が振り上げられ出来た影が行く先を黒く染めていた。
その影を、腹の底に響く吼声と、ブチン、とゴムベルトを引き千切ったような音が、すっと取り払った。突然開かれた道は困惑を覚えさせ、シグルドの足は再び止まる。
「戻れ!何をしている!」
奇声を上げて暴れ狂っているモンスターの脇を抜け、血相を変えたカーランが姿現し、シグルドの腕を強く引き掴む。モンスターの短く太い尾はカーランの突き立てた剣で床面に留められていた。
待機ポイントへ引きずられるように連れられ叩き戻されたシグルドだったが、カーランは未だその体を解放せず、その胸倉を掴み壁面に押し付けた。
「貴様、話を聞いて居なかったのか!それとも聞いて居ても理解出来ぬのか、どちらだ!」
至近距離で乾いた唇を引き釣らせがなり立てるカーランの手が喉元に食い込み、しかしそれでなくとも、瞬きさえ忘れていたシグルドは息もできていなかっただろう。カーランの言葉は単なる罵倒と化して居た。
「何の為の、耳だ、頭だ、貴様の頭にはちゃんとヒトの脳味噌が詰まって居るのだろう!?それとも、ただの腐った肉の塊でも詰め込んで居るのか、屑が、役立たずの屑が!」
「カール!」
それを遮ったのは、ジェサイアの怒声だ。
「怒鳴る相手も、場所も、時間も違うだろう!責め立てる相手なら、俺だ、シグルドじゃねぇだろう!」
問うべきは己が疎かになっていた管理責任だと主張し、カーランの怒りの矛先はぶれ泳いだ。その隙にジェサイアは続ける。
「今するべき事は何だ、反省会やってる暇か!終わっちゃ居ねぇだろ、なら俺らはどうすれば良い、お前さんは次の指示を出すんだろう!?」
カーランはジェサイアを睨み付け、唇を震わせ、その内で歯を噛み締め、シグルドに視線を戻し、努めて抑えた低い声で言い渡した。
「貴様は何もしなくて良い。何があっても黙ってここで見て居ろ」
今にも自らの尾を引きちぎって飛び出して来そうなモンスターに、ジェサイアは足留めのネットを撃ち放つ。しかし容易く、長い腕とその先に付いた鋭い爪とに払い落とされてしまう。無論2発3発と放とうとも無駄である。舌打ちするジェサイアに、未だ微かに声を震わせているものの至極冷静に、カーランは『次の指示』を出した。
「正面突破は無理だ。ジェサイアは別ルートから背後に回り討て。その間、俺とヒュウガで引き付けておく。回り込むまで、時間はどのくらいかかるか計算できるか」
言い終わる前にヒュウガはルートの検索を始めていた。ジェサイアに出し示し、答えはすぐに導き出される。
「3分、いや4分。5分はかからねぇよ」
「ヒュウガ。見積もって5分としても、ヒールは保たせられるか」
「はい」
カーランは頷き敵を見据え、腰に手を伸ばした。帯びている筈の剣の柄へ。
「ヒュウガ、……いや、」
言い淀んで、辺りを見回す。ヒュウガも動きを止めて、そしてすぐに、彼が何を求めたのか理解したようだった。
「カール。これは、武器です」
手早く解いた刀を、押し当てるようにして差し出した。カーランは少し顔をしかめ、その躊躇いを誤魔化すように、また一層厳しい表情を作って受け取り、ゆっくりと鞘から抜き取る。空いた鞘だけをヒュウガの前へ置く。
「ジェサイアの方は。行けるか」
「おう、こっちは問題ない」
「ヒュウガ」
「はい、行けます」
呼ばれぬ名前は、背後、ジェサイアから不意打ちのように投げ掛けられた。
「役立たずの屑っ切れは、こっちに連れて行くからな」
カーランは振り返らず、返答もない。シグルドは手の平を握りしめ、後退る。5分、いや3分としたって、やはり自分は役立たずだと。そうしたのは己自身であり、今更、何をさせて貰えるとも思ってはいなかったが。だからこれもまた不意打ちだった。カーランもそうだったろう。
「その前にシグルドからバッファ貰っておけ、カール」
恐らくは目を合わせるどころか視界にも入れたくなかっただろう。それなのに二人の視線は交差し、かち合った。
「最初数十秒あるだけでも、随分違う。ヒュウガはバフ効果時間内は出来るだけヒール絞って温存しておけ。生かさず殺さずって所でな」
ジェサイアは「寸止めって結構クルんだよ、そろそろ知ってんだろう?」と揶揄も加え、ヒュウガは固い表情のままで無理やり笑みを作り上げてみせる。
シグルドとカーランの手が離れるのを見届けたジェサイアは立ち上がり、更に言足した。
「いいか、こんな所でくたばるなよ。本当にやばくなったら撤退しろ。有能な後輩二人失って役立たずのだけ持って帰って来たっつったら、俺の立場だってヤベぇんだ。カール、“二人”を頼んだぜ」
背を向け、二人と二人は、それぞれ互いの為に成すべき役目を果たしに。


「馬鹿野郎!」
走り出し数十メートル、角を三つ程曲がり、施設の管理用通路の扉の前に到着すると、それまで黙りこくっていたジェサイアはくるりと振り返り、シグルドの頭を殴り怒鳴りつけた。それっきりで扉に向き直り、ロックの解除コードを入力し始める。
「……すみません」
ジェサイアは舌打ちで答える。
「仕様がねぇ、管理責任だとか抜きにしても、悪いのはお前だけじゃない。すまなかった、殴って。俺こそ、すまない」
「いえ、悪いと言って、殴って貰った方が全然」
「うるせぇ、ふざけるな。甘えるな。もう殴らないから、しばらくしょげ返って反省していろ」
「……はい」
ロックが外れたようだ。ジェサイアは一度振り返り「反省しろって言ってるだろ、ニヤニヤするな」と、ニヤニヤしながら言い捨て、また走り出す。
管理用の狭い通路は、金属のパイプやら電線やらが縦横に通っており、常に体の何処かしらを曲げていなくては進み様がない。その障害物約十割の道を、シグルドよりも体の大きなジェサイアが、大型の銃器を背と脇に携え、まるで身体そのものに不正プログラムでも仕込んでいるかのように、すり抜けて行く。不正でないにしても、気の利いたプログラムなど搭載していないシグルドは、あちこちをぶつけながら、離れぬようにと追い掛けるのが精一杯だ。
「緊張してたのはお前やヒュウガだけじゃねぇ。緊張で浮き足立ってたのは、俺もだ」
ジェサイアは自己反省のように呟きを連ねる。シグルドが付いて来ているか確認し、丁度その時頭を強く配管に打ち付けたシグルドに「本当に使い物にならないくらい馬鹿になるぞ」と顔をしかめる。
「勿論カールもな。そんな事、お前等には言われたって想像できないかもしれないが」
大切なものができると、強くなる。何をしてでも帰らねばという思いが、何より自分を強くさせてくれる。しかし、大切なものが一緒に居るとなるとどうなるだろう。
ジェサイアは口には出さず考え巡らせ、
「ひょっとすると、弱く、なっちまうのかね」
とだけ空に向かって問いかけた。シグルドは聞き取れず、次にもう一度何か言うだろうかと耳を澄ませながら、また頭を打っていた。
「自分の身長把握してないんじゃないのか?ほら、もうそこだ」
「はい」
カーランは無事でいるだろうか。敵の、一瞬の変貌ぶりがシグルドの脳裏でちらついている。異常なまでの変貌。「異常」とあれに使うのは不適切だろうか。異常な存在が異常にさせる薬品を使われてる可能性があるのだ。異常の度合いは一体。正常なヒトで適うのか。計れぬが故に戦略を、それを。
「何、カールならあのくらい何でもないさ。奴だって『化け物じみてる』なんて影じゃ言われてる。お仲間同士のじゃれ合いさ」
ジェサイアの心無い毒を混ぜた心遣いを複雑な気持ちで受け取り、シグルドの表情には不満の色が浮かぶ。それを、くつくつと笑われた。
「許せないんだろ?少しでもカールが悪く言われんのが嫌なんだろ?そこまで想ってんならな、もう少し、カールの事信頼してやれ」
向こうはシグルドの事を信頼しているはずだと言う。まさか、と否定するシグルドに、でなければ彼は誰かを傍に置いたりしないだろうと説明する。今はシグルドから頼られる事が多くとも、折々ではカーランはシグルドを頼り、また更に頼れる存在へと上がって来れると、信じている。だから傍に在る事を許している。
「まぁ……信用は、されてないかもしれねぇけどな」
コロコロと忙しく表情を変えるシグルドに、ジェサイアは声を上げて笑い、最後の扉のロックを外した。笑い声が収まると、そこにはもう、緊張以外の何もなかった。
「ユーゲント一のバカ火力。俺だってそれだけは頼りにして連れて来たんだからな。今度こそは出し惜しむんじゃねぇぞ」


この温度を、あの化け物は知っているだろうか。熱い熱い、全身をゾクリと粟立たせる熱が、腹の底から駆け巡る感覚を。知らないだろう。きっと、知らないのだ。
冷たい、グローブ越しでも分かる程、冷え切った手。
熱いだろう。この手は、身体は。暖かいを通り越して、熱いんだ。知らない君に、教えてやりたい、この熱を。
「今だ、シグルド!」
「ッうおおおおお!」
身体の中を暴れ狂った熱は未だ駆け足りないと叫んで両手の平に集まり、解放の時を待つ。きっと、この先は何もないのだ。それでも、もしかしたら、と。感じて貰えるのではないかと。空虚感だ。思いは、手の平をスッと離れ、その先は知らず。身体は名残惜しみピクリと震える。
「行けぇぇええ!」
視界が熱に染まり、熱い風となって肌を包む。一瞬。何の役にも立たない、わずかな時間だけ。これでも、少しは長くなったのだけれど。結局は冷めてしまうんだ、ほんの少し離れている間に。
偽りの熱でも良い。僅かな間でも、君の役に立てればと、思ったんだ。

大きな眼が驚愕の色を浮かべシグルドを見詰めていた。
何故こんな事をするの。熱い、熱い、熱い。
灼け縮み引きつり、破けた皮から肉汁が飛び散った。生臭い臭気すら、熱が消し去って行く。何もかもが、無かったように。大丈夫だと言い聞かせ、何もかもが、結局は醜い煤けた色に染まって、後に残る。もっと酷い、鼻を曲げる程の臭気を放つ物体に変えて。

エーテルの炎に焼き溶かされ横たわった巨体の後ろでは、カーランが膝に手を突き、肩で息をしながら、未だ敵と相対しているような鋭い視線でシグルドの方を真っ直ぐ見据えていた。シグルドも深い呼吸の間で、それを正面から受け止めていた。額から流れ落ちた汗を庇って、カーランが瞼を下ろす。突いていた手を離し、姿勢を正し、ヒュウガを振り返る。
「周囲に、他の生体反応は」
ヒュウガも息を荒く吐いては吸い、喉をゼイゼイと鳴らしていた。首元の留め具を外し衣服を緩め、風を送り込みながら、端末機を操り、異常無し、と応える。
カーランは刀を懐から出した布でゆっくりとなぞり拭ってからヒュウガの元へと戻し、また身を返してシグルドの居る方へと、歩みを進めて来た。
数歩前に、カーランが足止めの為に突き刺した剣が、幾分傾いて残されていた。シグルドはそれに駆け寄り、引き抜いて、近付いて来たカーランに手渡した。
「念の為、各々別れ付近の異常点検を行おう。エリアの分担を、取り決める」
カーランはシグルドに言葉も掛けず目も合わせず、淡々と頭数の一としてだけ扱おうとしているようだった。そのまま任務完遂の報告までの全てのプログラムを終え、それぞれの帰路へ着いた。

 

未完

 

ミッションっぽい言葉選びとか、モンスターの特性とかもゲームで確認もせず
ぐだぐだですが雰囲気だけでも伝われば('A`)