動物に例えるなら

 

士官養成学校ユーゲント施設内、とある資料室の一区画。そこは人の出入りが少なく、その上、保管されているものは、未だデータ化のされていない、古い紙媒体資料が主であった。
ユーゲント施設内でも屈指の、埃っぽい場所である。

ヒュウガは生まれも育ちも第三級の市民層であるとか、シグルドは地上で生まれ育ったのだとか、対してカーランは第二級層の出であるとか、これらは関係があるのかないのか。定かではないが、資料を漁る3人の中でカーランだけが、しきりに鼻をこすり、すすっていた。
古く劣化した書物は、それを構成する紙一枚一枚の表面が毛羽立ち、捲る度にカビ臭い埃を舞い立たせる。紙束ではなく、埃の塊、埃束である。
「こっちのに……載ってないかな?」
シグルドが新たな埃束を、カーランのすぐ目の前へ持って来た。
「ふむ……」
鼻をすすりながら、手を伸ばす。が、途中でその手引っ込められる。行き先は変わり、口元に。肩を怒らせた体勢で、時が止まる。そして、時は動き出す。
盛大なくしゃみが一発。
くしゃみには個性が出る。いかにもその人らしいくしゃみ、らしくないくしゃみ。
カーランのくしゃみは、聞いていて爽快にすら感じる、何とも男らしいくしゃみであった。
そしてそれに伴うもので、くしゃみ、その次に従属するセクターには。他に例え置き換えるならば、熱いお茶を飲んだ時、風呂に浸かった時など。老若男女関わらず、つい漏れ出てしまう溜め息のような。くしゃみの場合、勢い良く息諸々を吐き出すのだから、次いでは性急に息を吸い込む、その際に弾みで声を発してしまっているのかもしれない。人によっては「あぁ」とか、特殊なものではそれに続き「畜生」だとか、その類のもの。
カーランの場合、次に来たものは、くしゃみのように清々しかったのか。彼らしいものだったのか、彼らしくなかったのか。
そのような次元で語れるものではなかった。
何らしいのか。
彼のそれは、“人ですらなかった”。
「今……『ニャ』って言った……?」
しげしげとくしゃみその後のカーランの様子を窺っていたシグルドが、恐る恐る尋ねた。ヒュウガは咳払いをした。ここは、酷く埃っぽいから。
「くしゃみの後……『ニャ』って言った?」
「言っていない」
シグルドはゆっくりとヒュウガを窺い見て、確認を取ろうとする。
「カール、『ニャ』って言ったよな?」
ヒュウガは再び「んんっ」と咳払いをして首を傾げてみせた。
「カール……言ったよな?」
カーランは何度聞かれようと、否定一点張りである。シグルドも諦め、問い質すのを止め、資料を捲り始め、たのかと思えば、不意に再度訪ねる。
「くしゃみの後、『ニャ』って……」
そのしつこさは、ただでさえ埃に対するアレルギー反応で苛立っていたカーランの神経をねじり切るに、容易に足り、有り余る程であった。
叩き付けるような勢いで、カーランは開いていた資料を畳む。身構えたシグルドの丁度頭上に、局地的な落雷が。
「さっきから何度も、言っていニャッ、ンっくしょん!」
資料を捲る度、開く度、閉じる度、カビ臭い埃が舞い立つ。

動物に例えるなら 終
ぽぽ子