つわものどもの夢の跡

 

青い鳥達が呟くあの場所で、一羽のある呟きが、鳥から鳥へ言伝に広められ、そして轟きの如き響きとなって鳥の宿りを揺るがせた。

ゼノシリーズ総選挙(勝手ながらリンクさせて頂きます!)

これは投票される側となった者達の、投票結果を巡る、戦いその後に綴られた軌跡。草木が生い茂る夢の跡には、侘びしさや見苦しさを感じずには居られないだろう。



かつてエレメンツと呼ばれ、やんちゃを働いていた者達がフルメンバーでユグドラシル内に設けられた憩いのバーへ集結していた。リーダーであった男、ジェサイアの「非常徴集」との一声によって。
「俺は全てを超越した存在なんだ!何故、それが!それが奴らには分からない!」
そこで既にくだを巻きがなり立てていたのは、若くしてゲブラーのトップへ上り詰めたその一番高い目立つ場所で目も当てられぬ醜態を晒した上に最後は盛大転がり落ちて来た所を同情によって救い出された哀れな負け犬、ラムサスである。
横に座るジェサイアは彼の愚痴を大笑いで楽しんでいた。
「どうする……?」
その扉を開けたと同時に、涙目のラムサスと目が合ってしまったシグルドは、旧知の友に尋ねられてもこう答えるしかない。
「行くしか無いだろ……」
こんな事だろうと、分かっては居たが、しかし状況目の当たりにすれば、矢張り気が重くもなる。
「おい、何してんだ。とっとと来い!」
とうとうジェサイアとも目が合い怒鳴りつけられ、ヒュウガは「とほほ……」とうなだれた。分かっては居ても、断るという選択肢は無いのだ。腹を括るしかない。
シグルドが、同類相憐れむといったようにその背に手を置いた、いや、置こうと手を伸ばした。
「ま、私も呑んでしまえば一緒ですよね」
うなだれた頭を突如すっと上げ、肩に掛かった髪をぱっと跳ね除け、シャキシャキと爽快に歩き去る男に、下戸のシグルドは空を切った手をそのまま握り拳に変えて遠吠えを放った。
「裏切り者!!」

ここでラムサスが愚痴を連ね続けるきっかけとなったものは他でもない、その日の夕方頃に発表となった【ゼノシリーズ総選挙】の集計結果である。
「しかし、ねぇ……大健闘だったと思いますよ」
アルコールが少し入り、どこか陽気な色を浮かべ始めたヒュウガは、ラムサスの背をぽんぽんと叩く。
「まさか1位を取るなんて思っても居ませんでしたから」
「お前の自慢話など聞きたくない!」
「大健闘ですよねぇ」
ジェサイアはガハハと笑いながら酒を咽に流し込むばかりで、何を収拾しようという気はまるで無いようだ。
「よっ、表彰台落ち!」
「そうさ、俺はどうせ、シリーズ別ランキング4位。所詮は表彰台にも登れない……っ、……塵……もう……生きて……」
ヒュウガの背を叩く動作は、杭を地に埋め込む役割と化している。ズンズンと、ラムサスの体が地中深くに埋まって行く。
「か、カール。俺はカールこそ大健闘だったと思うぞ」
顔をテーブルに埋めたラムサスが、声を掛けて来たシグルドの方をチラリと見る。構ってちゃんの目、以外の何物でもなかった。
「優しいな……いまなお俺を憐れんでくれるのか……」
「……お前を憐れんだ事など一度もない。俺はただ、今俺の言葉を必要としている者の傍で……」
無意識の内に口先からスラスラと零れ落ちていた台詞の中で、シグルドはニヤ付いた二つの笑みに気付いて我に返り、ブルッと身を震わせ口を噤んだ。今、可笑しな世界――言い表すならば、甘美な愛欲に満ちた腐の世界へ、足を踏み入れかけていた。
「ジェサイア先輩、どっちに賭けます?」
「あぁん?そうだな……」
ヒュウガの問い掛けに答えを先に出してしまったのは、
「シグ受に1万……」
「てめぇ、それは賭けじゃねぇ。買春っつーんだ」
虚ろな目でシグルドに熱視線を送り続けている、賭けの対象者の一人である。
「ふん、そうさ。俺は……所詮4位、表彰台落ちの……塵……金でも積まねば、温もりを手に入れる事さえ……」
「ちょっと、可笑しな話を発展させないでくれ」
「シグルド、貴様もそう思っているのだろう!この俺を、」
「いや、カール、待て……」
「塵と愚弄し、あざ笑っているんだ……ッ!」
「――ッ甘ったれた事を言うんじゃない!!」
椅子をはねのけ、目の前のカフェオレをひっくり返さないように注意しながら、勢い良く立ち上がったシグルドは愚図るラムサスの胸倉を引き掴んだ。
「お前はそう言って、自分を卑しめていればいいかもしれない。だが、それでは、お前に票を入れた8人の思いはどうなる?シリーズ通して何キャラクター居ると思っているんだ。その中から、たった一人、お前を選んだんだぞ。8人もの人間が。シリーズ別、4位だって?お前の上に、居るのは誰だ?皆、操作キャラクターばかりだろう。お前は決して塵なんかじゃない……違うのか?俺はむしろ、同じNPCとして、カールを希望の星であると……誇りに思うぞ」
「シグルド……」
ラムサスはシグルドの真摯な眼差しを受け、一時面食らったような表情で呆然としていた。そして不意に、疑問を投げ掛ける。
「お前には、何票入ったんだ?」
「……さ、さん、票……」
ラムサスが目を細めた。刺々しく。そして微笑んだ。冷徹な、泣く子も黙るゲブラー総司令官様の顔で。
「3票だと?……ふん。3票しか獲得できぬ、出来損ないが!その手をどけぃっ!」
「――ッ!!」
「さっさとどけぃっ!!」
シグルドの友を思う顔が引きつった。そして元からボリュームのある前髪が、更に3倍ほどに膨らんだ。
ヒュウガがその姿を見て慌てて立ち上がる。
「シグルド!やめるんです!ここで戦ってはいけません!」
両手を上げて、埴輪のように口をパクパクと動かし、呪文を唱えるドット絵キャラクターのようにヒュウガが止めに入った。
シグルドの周りにエーテルの陽炎が立ち上り揺らめく。そこにフラッシュバックされるのは、エルルの惨劇。
「暴走だ――!止めろ……っ!!」
「ぐわ……っば、化け物め……どんな手を使っても構わん、こいつを……!」
「うおぉぉぉぉぉおおお!!!」
「なんてことだ……うっ!」
「いっけぇえええええ!!!」
「った、た……うわあ―――っ!!」


「先輩。酔っ払い相手に……行き過ぎだったでしょうか、俺は」
床の上をもんどり打って3回転ほどした後に一人恥ずかし堅めの形で漸く止まったラムサス、その彼に向かって叩き込んだ拳を未だ突き出したままのシグルドが、ジェサイアに尋ねる。
「いや?2票獲得の俺から見れば、良い拳だったと思うが」
「俺の得た大切な3票を馬鹿にする奴には我慢ならなくてな……」
ラムサスに駆け寄ったヒュウガは、気を失った男の頬を優しく、殴られた方の頬を優しく叩く。
「カール!カール!」
痛みに顔を歪めながら目を覚ましたラムサスは目の前にある友の顔に驚いたようだったがすぐに気を保ち、「何だったんだ……俺の……」と一瞬の間にあった出来事を尋ねる。
「また例の夢ですよ。大分うなされていたようですね」
「そうか……夢だったにしては何故か、頬が猛烈に痛むのだが……」
「そんなの酒でも飲めば一発で吹き飛びます」
「なるほどな。よし、シグルド!新しい酒の準備を急がせろ!」
宴は再開された。



シグルドの拳によって多少の自己を取り戻し始めていたラムサスであったが、未だ、8票獲得のシリーズ別4位という結果に納得できていないらしかった。しかしその為の、非常徴集である。
「はぁ……解せぬ……」
溜め息を吐きながらテーブルの上に溶けているラムサスの腫れた頬の上で、ジェサイアは小指を立てた手で氷を滑らせ溶かし遊んでいる。水の滴るナントカ状態のラムサスにお絞りを持って来ようかとシグルドが腰を浮かせた所で、ヒュウガが遮るように立ち上がった。
「私が……」
「あ、あぁ。すまない」
ヒュウガはふらふらとカウンターへ行き、メイソンに声を掛け、アイスペールに氷を山盛りに持って戻って来た。
それをジェサイアに受け渡し、濡れ放題で溜め息を吐くことに専念しているラムサスに話掛けた。
「カール。こう考えてはどうですか?初代エレメンツという一括りで本来得るべき票を、私が代表して獲得した、と……」
「ふむ?」
シグルドは改めて立ち上がりカウンターへ向かうと、お絞りの代わりに床拭き雑巾を借りて戻り、爪先を伸ばしてゴシゴシとラムサスの足元に滴り続けている水を拭き始めた。
「つまり、この票は我々皆の票。エレメンツを結成したあなたの票でもあるんですよ」
「カール、ほらよ。あーん」
「あーん」
ジェサイアが差し出した氷をガリガリと噛み砕きながら、ラムサスは鼻で溜め息を吐く。
「結成した俺が何故代表でないのか……解せぬ……」
「世の中っつーのは、そういう風に出来てんのよ」
ジェサイアはここに来て初めてラムサスが投げっ放しにしていたボールをキャッチして、更にまた投げ返した。
「目を掛けてやっても恩は返って来ない。そんなもの端から当てにしてくれてやるもんじゃねぇって気付く時には、同時に盛者必衰の理も知る、なんてな。盛者必衰って、知ってるか?驕れる者も久しからず、猛き人もついには滅びぬ、ってな」
「先輩。カールはすぐお腹を下すから、そんなに氷食べさせないで下さい」
見かねたシグルドが真面目トークの間に割って入る。
「盛者必衰?そんなの知りたくもない」
口の中をジェサイアによって次々に送られる氷で一杯にし、モゴモゴと喋ることもままならずにしていたラムサスは、シグルドが口元まで持って来た空いたグラスにそれを吐き出し、そうしたまともな言葉を漸く発した。ジェサイアはわざとらしく溜め息を吐いて首を振る。
「だからてめぇは裏切られっ放しなのよ」
「何だと!」
いきり立ち今にもジェサイアに殴り掛からんとするラムサスの様子に、ヒュウガは今だとばかりに早口で解説を加えた。
「カールがこうなると誰にも止められません!」
しかしジェサイアは流石はエレメンツリーダーと称すべきか、沸点に達し掛けていたラムサスに、
「これは俺の気持ちだ」
と言ってねちっこい口付けを送り、
「先輩、それ俺のパクりです!」
あっさりと黙らせてしまった。
「そうだな……この寒すぎる世界も悪くはない」
ラムサスは氷ですっかり冷たくなった唇を震わせ満更でもなさそうだ。
ジェサイアは気でも改めるように座り直し、身体を斜め45度の角度に整え、自分がほんの少し体験した盛者必衰の理とやらを話聞かせてやろう、と口を開いた。
「いいか?俺は、ありのまま、てめぇがここに居なかった時の事を話すぜ」
ジェサイアの何時にない真剣な表情に、ラムサスも拗ねて突っぱねてしまう事も忘れ背筋を伸ばし静聴の姿勢を取った。
「俺は、お前とヒュウガを置いてソラリスを出た後、訳あってシェバトという国について独自の調査を始めていた……」
その謎めいた国の秘密を探ることは、ほとほと骨の折れる仕事であった。隠密行動、仲間の死、整形、命さえ掛けた仕事の裏では旧友の裏切りによって、愛した妻が殺された。それでも、ジェサイアは諦める訳には行かなかった。その国を見つけ出し、ソラリスの悪事の一端を明らかにする手掛かりを掴む。それは恐らく、後に世界さえ救う手助けとなる。
「そこで偶然にも地上に降りていたこいつら、ヒュウガとシグルドに会ってな。ビリーのゴタゴタの件もあったし、ほんの少し付き合ってやってたわけだ」
またさらに偶然、その件を片付けていた最中に、シェバトに関する手掛かりを見つけたのだ。5年間、探り続けていた国、シェバトだ。
「ここからが、全く理解を超えた話だ。次期総司令官だとか囃し立てられて部下を沢山ひっ付けてチヤホヤされてた俺と、恐らくは実際に総司令官の地位まで一旦上り詰めたお前なんかにとっても、な」
よく聞け、とジェサイアは念を押した。ラムサスの喉がゴクリと鳴った。
「俺はシェバトという国の地を踏んだ……初めて、その地をな。俺が5年の間調査して来た国だ。すると、さっきまで俺の話にウンウン頷きながらずっと行動を共にしていた筈のヒュウガが、シェバトの住民を二人連れて来て言うんだよ。『私の妻と娘です』ってな……」
「なん……だと……!?」
「何を言っているか分からねぇと思うが、俺も一瞬何が起こっているか分からなかった」
「それが……盛者必衰の理……」
「そうよ。それで俺も漸く分かったのさ。ラケルの奴が逝っちまった時はまだはっきり理解できてなかった。その理って奴をな……」
ラムサスは握り締めた拳を膝の上でブルブルと震わせ、怒りをなんとか鎮めようとしているらしかった。自分を何より慕っていると思い、自分もまた目を掛けてやっている者と言えど、衰退の途へ一足踏み込めば、売った恩義の保証など藻屑同然。後は相手次第、逆に尻尾を握られるということだ。
「ジェサイア、俺にも覚えがある……思えば、あれが始まりであったよ……」
ジェサイアがヒュウガを後輩として目を掛けて居たのと同様、ラムサスもまた、命を救い生き行けるようにと囲い可愛いがってやった者があった。
「地上から拉致され、酷い人体実験の被害者となっていたんだ、そいつは。記憶すらまっさらの薬物中毒者で、日常生活すらままならないような状態だった」
その者が、ラムサスの導きあって漸く、社会生活に溶け込めるようになったかという折にだ。
「記憶すら失っていた奴が突然、俺の下を離れるかと言い出したかと思えば、更に奴はこう言ったんだ。『俺は最初からこの国の技術を盗む為に生きて来た』と……。何を言っているか分からないと思うが、俺も奴が何を言っているかさっぱり分からなかったし、未だによく分からん。最初とは何時の事か?奴が何時も苦しめられていた中毒症状や記憶喪失は一体?俺は頭がどうにかなってしまいそうだった……」
その時、実際に自分は頭がどうにかなってしまったのかもしれない。ラムサスは自嘲気味に笑う。
「本当に恐ろしいのは自身の驕りという訳だ。故に人の心も見えなくなる……」
「そしてそれも避けられるものじゃねぇ。何時かは滅びる覚悟こそが必要なのさ」
「何の話でしたっけ?」
「下っ端に出し抜かれ表彰台を逃した話だ」
「あぁ、そういえば、そうでしたね」
ラムサスは下を向き、静かに首を振った。
「滅びる覚悟、か……恐れを抱いているつもりは無い、ただ……」
言葉を濁すラムサスに代わり、ジェサイアが口を開く。敢えて吹っ切れたように明るく笑い声さえ滲ませる。
「怖くは無いって?俺ぁ、怖いね。怖くて、寂しいさ」
「ジェサイア……」
ラムサスも釣られるように笑いを漏らし、顔を上げる。
「しかし、その寂しさも、悪くはないぞ」
「何?」
ジェサイアはまるで引きずり込まれるようにラムサスの視線に捕らわれていた。そこに何が潜められているか、それを知るのは意外な程、安易なものだった。ジェサイアは、不意に笑い出す。ククク、と喉を鳴らし、遂には大声を上げて。そして一旦それを収めると、成る程な、と呟きを漏らし、近くにあったグラスの中身を煽る。先にシグルドがラムサスから吐き出させた氷水である。
「もう、キスだけで満足するような子供じゃねぇって事か」
「貴様とて同じだろう?」
ジェサイアははぐらかすように笑うだけであったが、ラムサスが伸ばす手を拒もうとはしなかった。
「傷を舐め合う必要など無い。己で癒やす術を持っていれば」
その手が触れるのは、ジェサイアの顔に刻まれた整形の跡だ。裂傷のような跡を、言葉通り、舐めるようになぞる。
「自分の舌じゃ届かねぇ場所もある、ってか」
「そうだ」
しかし。ジェサイアは言って、僅かに身を捩るようにして顔を背けた。逃れるような素振りに反して、手は傷跡に触れるラムサスの指先に重ねられる。
「怪我なんてしていなかったら、どうする?」
跡を残すばかりて、それがもう塞がっていたら。
ラムサスは重ねられる手をはねのけた。代わりに、抉るような力でその手首を掴み引き寄せる。
「そんなもの、関係無い。どっちにしろ、最後にはこう尋ねるだけだ」
角度を落とした頭に影差した額の、目だけでジェサイアを見上げて唇が動く。
「腹は決まったか、ジェサイア」
応、そう紡ぐ為の呼吸は、口を開いた時には既に奪い尽くされていた。
「危ない!ここの秩序はもうすぐ崩壊します!早く外へ!」
ヒュウガは立ち上がり、辺りを見渡した。退路の確保を。BGMは、『導火線』。
「シグルド!?」
秩序が崩壊を始めた空間で、呆然と椅子の上で固まっている友の肩を掴み揺すぶる。
「ショックを受けている場合ではありません。話は後です、今は……!」
ヒュウガはシグルドの顔を覗き込み、違う、と判断した。彼は単に目の前の光景にショックを受けているのとは、違う。青ざめた表情で見ているのは、
「……後ろ……?」
その碧の瞳が見て居るのは、
「……ケツから何か来る!?」
「見たんですね、シグルド!」
見えるのだ、彼には。ほんの少し先の未来が。碧玉の力、ではなく、昔から良いと評判の勘で。
「ヒュウガ、舵をどっちかに、」
「舵なんてありません」
「じゃあ、そのままでいい!」
肩を掴むヒュウガをはねのけ、立ち上がった。
「後方50、第二扉開放音!この足音……大きい!?速度5、進路0−0−0!恐らくは10代後半、数2!」
「若くんとフェイ……ですか!」
「衝突警報――!」
シグルドがその言葉を叫んだのと、背後の自動扉がシュンと音を立て開いたのは、同時だった。

 

続くつもりです…が…