愛しすぎるもの

何か考え事をしていたような気もするし、真面目に話を聞きながら相槌を打っていた気もする。何を考えていたか、何の話だったか、どちらにせよくだらない内容だったのかもしれない。考え事をしている時は話なんか耳に入らないし、話をしながら別の事は一切考えられない。例えくだらない事だったとしても。それなのに、忘れてしまった。眠りから醒めた時、夢を忘れてしまうように。
朝気付けば、隣に見知らぬ女が。陳腐な話。夕に気付けば、珍妙な話。
骨太い指に、腕に、首。頑丈な胴体、重い脚、厚い背中、肩。持っていないものは無い。こちらも、向こうも、補うべくものは無い。近くて、脆い。満ちて、儚い。
はねのけるのも容易い。こちらにも、強い腕が、脚が。そうする理由が見つからないだけで。どちらでも良いから、敢えてしようとも思わないだけで。優しく、柔らかく、触れられるその中で。
不意に、微かな力を感じた。そして気付く、先に力が入ったのはこちらだ。
今微かに拒み、今微かに抑え付けられた。向こうは気付いていない、こちらも気付かなかった。騙し合い。互いが互いを騙し合い、互いに知らぬ振り。
恐怖。その気持ちを垣間見る。そうか、お前は怖いのか。お前も、怖いのか。
薄く目を開く。白熱灯で朱に染まった壁に、丸い影が映っていた。
「あ、」
思い出した。考え事をしていたのだった。
夕日は、昇るのではなく、落ちるものだ。真白い雲霞の端を、朱に染め、落ちて行く。
等しく、快い。
少し首が痛いが。

 


SINGER SONGER「ロマンチックモード」にインスパイアされ。
何が何やら。自分だけが楽しい、自己完結の極みですね…。