生まれ、落ちる

 

やっと通れるだけの足場。濃い霧に包まれ、周囲の状況は把握できない。ただ直感的に、この脇へ少しでも外れれば、「終わり」なのだろうと、予想できる。
何故この場所を歩いているのか。分からないが、先導する者が在った。
「こっちよ」
時折振り返っては、ラムサスを呼ぶ。すっ、すっ、と滑らかに、彼女は先を歩く。
「此処は」
とうとう尋ねた。彼女はまた振り返って笑う。
「大丈夫よ、私も居るでしょう?」
皆、此処を通るのだろうか。足場は脆く、崩れかかっている。座り込んでしまいたい。何処へ行き着けなくても良い、立ち止まって、この場所にへばり付いて居るだけでは、いけないのか。
「こっちよ」
何故彼女は、躊躇いも、不自由もなく、恐れもなく、次を踏み出せるのだろう。距離が開く。霧に包まれ、消えてしまう。ラムサスは急いだ。この得体の知れない場所に、取り残されるのは、もっと恐ろしい事のような気がした。亀裂に爪先を引っ掛け、肝を冷やす。此処も、何時崩れ落ちるかも分からないのだ。ならば尚更、進むしかない。
小鳥のさえずりを聞いたような気もした。風に芳しい花の香りが乗っているような気もした。だがそんなものに気を取られている余裕は、なかった。ひたすら、霞む背を追う。次第に、霧は晴れた。
「カール。私が居るわ」
先には、何も無かった。崖。左右も。一面の雲海に切り立った、断崖。
彼女が後ろに居る。足で踏む地が、パラパラと崩れ落ちる。
「私が、居るわ」
彼女は躊躇いなく、進もうとする。
「何も、無い!行き止まりだ!」
「心配しないで。私はいつも貴方といるわ」
「行き止まりだ、ミァン!」
「こっちで、良いのよ、カール。大丈夫」
彼女が手を差し伸べる。微笑み、そっと、支えるように、突き落とした。

生まれ、落ちる 終
ぽぽ子


「そうしむけたのは私だけど……」のセリフも好きだなぁ。

2010.12.20