かたりべ

ヒトが人として立ち、新しい歴史を刻む、始まりの日。日暮れが一日の終わりを教えても未だ尚、人々は始まりを祝し明かりを灯し宴続けていた。
その明かりも声も届かぬ場所で、また同じように始まりを祝い静かに星空を眺めている者が在った。
賑やかな宴の中心から忍び抜け出し、そこを訪れたエレハイムは、挨拶のように尋ねた。
「皆の所には行かないの?」
ラムサスも、決まったように応えた。
「ああいう場は、好かん」
困った風に微笑みながら「そう」と頷いたエレハイムは、腰掛けている彼を屈んで覗き込みながら、
「騒がないから、ここに居ていいかしら。少しだけ、話がしたいの」
と伺い、ラムサスは
「騒がないと言うなら、断る理由はないな」
と返し、皮肉めいた答えにエレハイムは小さく笑いを漏らしてからその隣に、そっと腰を下ろした。

夜空を眺めていると何処か寂しく、懐かしく感じる。それは、そこに見える星々の内どれかが、ヒトの故郷であるらしいから。その理由は、真実、去れど、人にとってはただのお伽話としか理解できない真実であった。空を見上げる二人に寂しさと懐かしさを覚えさせる所以は、また別にあった。その記憶は、今のエレハイムにとって嬉しいものだった。
この身体を産んだ両親を思い、地から空を見上げた時の想い、それもエレハイムにとっての、人としての、真実であった。
隣の彼が抱く気持ちもまた、エレハイムが抱くものに似た、感傷なのだろう。互いに、それだけではないお伽話のような事実も持ちながら。
「カレルレンを、連れて帰る事はできなかったわ」
そう切り出すエレハイムに、素っ気のない相槌だけ返すラムサスは、すっかりただの“人”のようであった。
「もう一度、あなたにも会わせ、話をさせたかった」
彼を“ヒト”ではないと否定し、自分もまた“人”として生きることはできないと言って、人の世を去ったカレルレン。人として生まれたカレルレンではなく、ヒトでない彼が人としてエレハイムの隣に在るのは、お伽話ではなかった。
「カレルレンか……俺には、既に過ぎた話だ」
「そう。それだったら、良いのだけれど」
あの男がもたらした真実も全て、人にとって遠いお伽話になってしまえば、人は歩いて行ける。ここは始まり。過去はこれから作るもの。
そう思えなければ、人として歩む事は、到底。
「私は今凄く、あなたの言葉を思い出すの。何の為に生まれ、何の為に生きて来たんだろう、って」
数え切れぬ程の人生を知っている。何度も生まれ、何度も死んだ。他人の話と思える程、途方もない数の自分自身の人生。何の為に、あれ程生まれたのだろう。何の為に、何度も繰り返し同じ死を選択したのだろう。たったひとつの、揺るぎない真実を知っているのも、自分だった。
「カール」
ラムサスの身体が、微かに強張ったのが分かった。どんな表情をしているのか、見ずとも、エレハイムは知っていた。
「私は、この目で、あなたの腕に抱かれた一人の女性が、か細く最期の呼吸を繋いでいる姿を、見たわ」
その女性を腕に抱き俯いていた彼の表情は、知らなかった。
「私<神の代弁者>が幾人もの女性の身体を借りて生き続けた理由は、知っているわ。けれど、それ以外の他人については、分からない」
あの女性が何の為に生まれ、何の為に生き、どのように死んだのか。ミァン<神の代弁者>ではない本来の彼女を知る者ならば、その片鱗に触れたのかもしれないが。
「あの女……俺が殺した、あの女は、俺を見てはいなかった。見ていたのは、ラメセスという、カインを殺す者として造られたモノだった」
「そうよ。私<ミァン>が、神の代弁者として、生まれた存在だったから。あなたは、神<デウス>復活の為の、道具でしかなかった。道具に対して、愛情というものは、抱きようがなかったわ」
ラムサスは、視線を落とし俯き、自身の腕を広げ見ていた。
「でもそれは、あなたも同じ。あなたも、私<ミァン>に対して、愛情なんか、抱いてはいなかったわ。抱いていたのは、」
「認められたいという、欲求。認められない事への、憎しみだ」
ラムサスが突き立てた剣は、何の抵抗もなくミァンの身体を貫いた。二人の心が、通じ合うかのように。
「それは、誰でも良かったんだ。ミァンでなくても、神の代弁者だとしても、カレルレンだったとしても」
その欲求に目さえ向けられない憎しみは自らの行動によって断ち切り、過去になった。
新しい始まりには、腹から血を溢れさせ、臓物を覗かせる、愛すべき人の真っ直ぐな視線があった。その視線はラムサスを見据えていた。内まで、見透かすような、視線だった。
ミァン<神の代弁者>である以上は決して抱かぬ愛情があり、また、ミァン<自らを滅せぬ者>でなくなった女は、次第に呼吸する術を失い、温もりを留める術を失い、愛する人を見る力を失い、その腕の中でただの亡骸<塵>と成り果てた。

『カール!あなたは、生きているのでしょう?それ<塵>とは違うのでしょう?立って、歩ける人間が、ここでそれと一緒に、粉々の塵<亡骸>と成るつもりですか。私は、許しませんよ。私はあなたのように、優しくはないんです。あなたの意志に関係なく、あなたをここから連れて行きますよ』

「神<デウス>は、消え去ったわ。神の為に生み出され、生きた者も皆、意味を成さぬ、用済み<塵>となった。過去に、なったの」
そして遠い、単なるお伽話として、語り継がれるのだ。
人は意味を持って生まれるものだろうか。意味を持って生きるものだろうか。
何の為に。そんな事を知らず生まれ生きるのが、人なのだろうと、ラムサスは「そうとでも思わなければやって居られたものではない」と敢えて自棄的に吐き捨て、エレハイムから笑い声を引き出した。
「そうね。そう……やっぱり、今のあなたと、カレルレンを話させたかったわ」
ラムサスは心底嫌そうな表情を作り、肩を竦めた。
「それが、分からない。逆に励ませとでも言うのか。反感でも買わせたいのか」
「そうじゃない、そうじゃないのだけれど」
その様子を想像してしまったエレハイムは身を屈めて今にも転げそうになりながら笑った。
「第一、居もしない人間について、こうしたかったああしたかったと連ねた所で、何になる。過ぎた話をするなら、先を見るべきだろう」
「ラムサスさんって、そんなにポジティブな人だったかしら」
「……そうとでも思わなければやって居られないと気付いたんだ」
ふてくされたように顔を背ける彼に、エレハイムは今一度強く、あの男をここへ連れて来たかったと、思わざるを得なかったのだった。

愛に絶望し、愛を捨て去ろうとした男と、愛の得られぬ絶望の中で愛を求め続け、最期の愛に見えた男。二人の“母”から、得られぬ愛を求めた二人。
ソフィアが、対存在として生まれなかったならば。あの少女が、ミァンとして覚醒しなかったならば。<私>は何を以て接したのか。だがそれは、そもそも<私>ですら有り得ない。思い巡らすだけ無駄な、何にもならぬ事だった。
そしてカレルレンが、自ら造り出した、得られぬ愛を求め続けようとする存在を、如何なる思いで見て居たのかどうかも。それぞれの語りべの目によって、如何様にも変化する、遠いお伽話となった。

エレハイムは立ち、また歩き始めた。
「望まなくとも、明日からは皆、離れ離れになってしまうのよ。顔くらい、出しても良いと思うわ。ドミニア達も、気にかけていたし」
「……今暫く。少ししたら、行こう」
「きっとよ」
そう念を押すが、応えないラムサスに、エレハイムは微笑みながら溜め息を吐き、「待ってるわ」と言い足し、彼の元を離れた。

かたりべ 終
ぽぽ子

2011.1.6

 


見たいんですよ、私が!このよく分かんない親子3人のほのぼの漫談が!w
求む…語り部…。
ミァンでも良いのですが。全て明かされた後、ソフィアの記憶もミァンの記憶も持つ統合後のエレハイムさんで是非やって欲しい。

多分カールがドヤ顔で自慢話をしてカレルレンが華麗に否定して、カールが発狂して涙ぐみながらミカンを次々に千切っては投げして、カレルレンがひょいひょいとかわして、エリィが「まぁまぁ」って言いながらにこにこしてて不意にキレてミァン化して全裸になって髪をなびかせる、っていうそんな光景かと思うのですが。

本当はフェイさんがカールと喋るんだったのですが、ふと気付いたのです「何故お相手を男に拘る…?」それは腐女子の習性でして…。エリィさんを持って来たら、意外に書いてて楽しかったです。

私やっぱり一番好きなセリフ、「お前は人ですらない」なんですよ。
そっから連想すると「人としての道を失った、人として生きることは許されまい」ってセリフがぐわっぁあっと来る。続いて「勝てもしない戦い、よくも続けられるものだ」ってセリフもごわぁあぁあってなる。その前の「それにしても……」のタメは、何!?その前にラカンとソフィアの話なんかもあって、うぇぇええ何よー!?って都合良く深読みし過ぎなのでしょうがw
神との合一、ていうか私との、ていうか母との合一をって、何この親子、何この親子ー!カールはカレルレンの子だよ列記とした!!ゴロゴロゴロゴロお父さん似だよぉぉおお

あぁ、もう、誰か…!カレラムを…!
書きたいのですが、書きたいのですがっ
まだ勉強不足ですね。カレルレンをもっと掘り下げないと…!

それと唐突にヒュウガセリフなんか作っちゃって差し込んじゃってすみません(ヒュウガセリフなんです)
ヒュウガもさぁ、ヒュウガもさぁ…!
前は何でヒュウガがビンタしたのかさっぱり分からんだったのですが、今は逆に、あそこでビンタしてあのセリフを言ってくれるのはヒュウガしか居ないと思っている…!!うおおお書きたいぞ、この二人も!!ヒュウガの掘り下げを急ぐんだ!!

という訳でこの後おまけで、ヒュウガ登場編を書いてしまうかもしれません↓

 

という訳のヒュウガ登場編

エレハイムの姿が消えすぐに、消えた先から小さく「きゃっ」と悲鳴が上がった。次いで「おっ…とと」というわざとらしい声も。
「シタン先生!」
「おやエリィ、こんな所で」
ラムサスと話をしていた、自分も彼を探していた、そのようなやり取りと挨拶の後、満面の作り笑顔でヒュウガがラムサスの前に姿を表した。
「おやカール、こんな所で」
全く白々しい。
「何時から居たんだ」
「さて、何時から…?あなたを探していたらそこでエリィとばったり会いましてね」
分かりきった白を、彼は突き通すつもりらしかった。
「若い女性と、こんな人気の無い場所で二人っきりでお話しですか、いや羨ましいですね。昔から思うのですけれどね、どうしてこんな無愛想極まりない頑固者が、女性は良いと言うのかと。そういうものなのですかねぇ、私には女心というものはさっぱり分からなくて。何せ男ばかりの中でずっと育ったもので」
「既婚者が、嫌味か…?」
喋りの止まらぬ独擅場に紛れ、視線を外して聞こえぬように小さく呟いたそれを、優れて器用なヒュウガは聞き逃さなかった。
「未婚者が、やっかみですか?」
きつく睨み返すラムサスの視線を、今度は再び器用な事に、気づかぬ振りをして、ヒュウガは肩を竦め首を振ってみせた。
「結婚なんか、するものではないですよ。面倒事が増えるだけです。こんな場所で他の女性と二人きりなんて、知られればそれだけで家族会議ですよ。かと言って、子供が生まれれば尚更。懐くわけでもなし、父親なんか居なくても子供は育ちますし、夫なんかそれこそ粗大ゴミ扱いですよ。庭のガラクタと同じ扱い、いえ決して庭に置いていたものもガラクタではないのですけれどね、女性というものは皆そうなのですかね、ねぇカール……おや、何処へ行くのですか?」
「お前の居ない所へ行く」
慌てた風な動作でラムサスの後ろを追うヒュウガは、制止の言葉を掛けた。
「ねぇ、騒ぎませんから、少し話がしたいのですが」
その言葉に、ラムサスは足を止めざるを得なかった。
「貴様は、何時から居たんだ!」
「さて、何時から…?ここへ来たらエリィとばったり出くわしましてね。聞いていましたか?私なんか、女性から掛けられる開口一番が、悲鳴ですよ。全く、羨ましいですね。どうしてあなたはそうも女性から好かれるのか」
「女でなくても貴様と出くわしたら悲鳴を上げるぞ!」
吐き捨て足早に、逃げるように立ち去るラムサスを、ヒュウガは心からの笑みを浮かべ追った。
「女性の扱いが上手いあなたに相談したかったんですよ。娘もやはり子供とは言え女性なんですかね、全然懐かなくて。カール、聞いてくれています?」
女性云々、男性云々の前に。そう返したかったが、この友人にはどう足掻いても口では勝てぬように思え、ならば何なら勝てるだろうかと、考えながらラムサスはひたすら無言で歩き続けた。




こんなのも考えました…


「あなたは……これからどうするんです?」
この日は終わりではなく、始まりなのだ。エレハイムの言うように、明日からは皆離れ離れに、新しい人の世を造る為に各地へ飛び立つだろう。ラムサスは「そうだな……」と言い淀み、暫し沈黙していた。
「婚活でもするか?」
ヒュウガは堪える余裕もなく吹き出し、けほけほとむせ返った。
「結婚なんて、良いものじゃないですって」
笑いながら漸う言い繋ぐと、ラムサスも笑っていた。
「そうか?幸せそうだぞ」
ヒュウガは溜め息をついてみせながら、外方を向き「そんなに言うなら、止めはしませんが」と言いながら表情を隠した。ちらと視線を戻し、ニヤリと笑っているラムサスを小突いた。
「何処へ行っても構いませんが、ちゃんと連絡下さいよ。写真付きの、便りを」
「写真?」
「待ってますよ。『結婚しました』のツーショット写真と、『子供が産まれました』の親馬鹿写真」
暫く腰を折って笑い合い、「約束しよう」というラムサスの言葉と共に、握り拳を突き合わせた。

ここの所、この二人の仲が良過ぎて(脳内)ブーム大展開中です。

新しい己の萌えを開拓してしまったような気のする『パパ友コンビ』
ママ友というとドロドロしたものしか連想できない残念体質なのですが、
パパ友コンビというのは非常に……可愛らしい……ゴクッ
早くカールはパパになればいいよ…!

でもまた私が残念思考体質なことに、カールは……不能な気がする……いや不能じゃない?えぇと種無し…?
EDはエンディングという意味でのEDです
そんな事なくてパパになって欲しい…!
一姫二太郎で、気丈なおっかさんとおマセさんな長女に、末の子長男は引っ込み思案で
「男ならもっと堂々とだな…!」とマッチョ説教(でもカールはおっかさん妻の尻にしかれっぱなし)(つまり根っこパパ似の息子)
「父さんが鍛えてやる!」って一緒に逆上がり練習に行ったりしてあげるんだ…!!ゴロゴロゴロ(悶え転がり