ジョイ・スティック

 

シグルドは時計を見遣った。
かれこれ、20分になる。
「カール……」
見下ろし、呼び掛ける。
「カール、聞いてる?」
聞こえてはいるが、聞く気はない。
顎を動かしながらジュクジュクと音を立て吸い付いている。甘噛みのような動きだが、ごくごく甘く、痛みがある訳ではない。そして強い快感がある訳でもない。絶頂を引き起こすようなそれは。
頭を傾け、頬の内や口蓋に丸く柔らかい先を擦り付けたり、口を離したかと思えば、唇だけ使い弄ってみたり、いや弄っているのは、彼自身の唇の方だ。シグルドの性器はもはや、道具、おしゃぶりでしかなくて。
「なぁ。それじゃ、オナニーじゃないか?」
それがかれこれ20分。
「カール……なぁ……?」
軽く腰を揺すってみても、カーランは耳を傾けようともしない。
寸止め、これはテクニックとすれば素晴らしい。最終的にイカせてくれるのだし、ペースやタイミングを計算し尽くしての『止め』なのだから。時間を掛けてじっくりというのも嫌いではない。駆け上るような気持ちと、それを許されずしかし徐々に、確実に高まって行く感覚との間を行き来し、最終的に待ちわびていた場所へ両方が到達した時の解放感と来たら、それはもう。
「カール、イカせてくれよぉ」
切迫詰まった台詞にも成り得るフレーズを、シグルドは間延びした口調で何度か繰り返してみた。
既に水銀はメモリの氷点下の位置まで下がりきってしまい、上がって来る気配はない。肝心のその、温度計は、真っ直ぐ立っているのだが。
股の下まで伝った唾液も冷たくなり不快なだけだ。シーツに染みまで作り、準備の悪さを後悔した。
そもそも準備も何も、彼が今日は珍しくがっついていて。脱がされるままに極楽気分で任せていれば、地獄、とまでは言わないが。強いて言えば、現世?あぁなんと彩りの無い。
シグルドはカーランの頭をそっと撫でた。一本一本が細く、本人は「ハゲる」と今から気にしているのだが、量はかなり多く、その心配は無いように思える。実際どうなのかは分からない。ただ気にしているので、面白がって、度々からかうその髪。ふわふわとして、シグルドは好きなのだが。薄くなったら確かに、寂しい。そう、その髪に。ついに決心を決めて手を差し入れて、腰をずらして座り直す。
「カール。ちゃんと、そっちも気持ち良くしてあげるから」
シグルドが動いた所為でくわえ難くなったのか、カーランも尻をむずむずと動かす。
「一回、終わらせて貰うよ」
一度嘔吐させてしまった事があるのだ。
その時は焦らしているのかと、それが待ちきれずに自分から腰を振ってしまったのだが、勢いに任せて、で。その反省も有り、で。今回は大人しく任せていたのだが。
彼の方にも経験が苦いものとして残っているのか。喉の手前で舌が固く防護壁を作っている。それが苦い経験ならば、これが拒絶ならば、初めからこんな事されぬようこちらの気持ちも汲んでしてくれれば良いのだ。無理矢理なんて思いは無かったはずなのだが、つい、そちらへ向いてしまう。
そうではない、この舌はこちらが悦くなるように、形を作ってくれているのだ。ほら、弾力のある舌に押し付けるように突き上げれば、なんと心地良い事か。
「カール、口、すぼめて。吸って」
頼めばその通りにアシストしてくれるのだし。
「いいよ…、カール…ッ、も少し……っ」
そうなれば舌の力も緩め、包み込むように半筒形を作って受け止めてくれる。やはり彼は素晴らしい。最高のパートナーだ。
「イク、イクよッ……カール、いい?このまま、イッてもいい?カール……ッ!」
やっとの思いでどうにかこうにか、力づくで絞り出すように果て、はぁ、と溜め息を吐く。解放感なんて良いものではない。ずしりと重く沈鬱な倦怠感が腹から腰の辺りにのしかかる。
「良かった、ごめんな……ありがと」
ぐしょぐしょに濡れて気持ちの悪かった股の下を漸くちり紙で拭っていると、横からカーランも指で摘んで二枚、三枚とまとめて持って行く。その先を追い掛けると、倦怠感に追い討ちを掛ける光景が。
(せめてそれは飲んでくれよ…っ!)
シグルドは再び、今度は隠れてこっそりと、重く深い溜め息を吐いた。
毎回、吐き出してしまうのでもない。毎回ならばそれとして気にならないのだが。何か最中に不機嫌にさせる振る舞いでもしてしまったのだろうかと不安になり、尋ねた事があった。返って来た答えは「今日は不味い」との事。拍子抜けしつつ、疑問が起こる。「いつもは美味いのか…?」「美味くない時と、不味い時がある」つまり飲むに耐えない程、今日は不味いのだと。
並みの男ならばトラウマに、インポテンツになりそうな、衝撃の告白である。シグルドは並みの男ではないので、問題ない。辛うじて。
(勝手だよなぁ…俺が拒んだら『怒る・拗ねる・しょげる』の3セットのくせに…)
不味いのは知っている。この舌でも。自分のものに関しては、流石に知らないが。その不味いものを、相手のものだからといかにも大切そうに、勿体無いという顔で、飲み下すという美学。美味いと言わなくても良い。不味い訳ない位は言って欲しい。

吐き出されたものが丸め込められたホカホカのちり紙を受け取って捨て、同時に気持ちも切り替える。
「次、カールの番だからな」
お待たせ、とニコニコ笑みを作りながら膝に手を掛けひっくり返す。約束なのだし。何よりここで放っておけば次はどんな拷問を受けさせられるか分からない。こんな状態を、放っておいたら。
「カール、すんっごいよ。ガチガチ」
触れるまでもなくほぼ沸点に到達したそれに手を添え、詳らかに如何なる状態かを伝えて遣る。「先っぽに、おまんこが付いてるみたいだ」水飴の缶に突っ込んだかのように。体現が如く、孔を開き、「なぁ、こっちに何か、挿っちゃいそうじゃないか?」薬指の腹で縁をなぞる。白濁の露さえ混じらせて、随分と楽しんでいたらしい。「そんなにおしゃぶりが気持ち良かった?カール」
キスが好きらしいとは分かっていたが。ここまで強い性癖として有ったとは。このギャップは楽しい。普段は情欲など興味なさそうな素振りで、その裏にどれほど濃厚な欲求を隠し持っているのやら、頸木を外してやりたいと思う一方、受けきれるのだろうかと不安を抱く、甲斐性の無い自身も自覚している。
「こら。噛まない」
手の平、親指付け根の辺りに歯形をくっきりと付け、待てないのだと顔を歪めて喘ぎ訴える。
「こんな所弄るより、口の中弄られる方がよっぽど悦いんだろ?」
指先では『こんな所』を弄びながら、鼻先をひたりと合わせ、きっと今の彼にとっては性器より性器らしい欲求の集中する器官に、お待ちかねを散ら付かせる。触れるか触れないかで、動きが伝わってしまう吐息。
「噛むなよ」
という忠言は、放たれる前に遮られる。舌が伸び、シグルドの唇を掬うように撫ぜる。ぺろり、ぺろり、がぷり。
口内を弄られるのは、シグルドの側だった。好き放題に蹂躙され、あれよあれよと、数度舌で応えてやっただろうか、それだけで、手は殆ど添えるだけで、
「っふ……ぅ、っ、…っふ……」
と、果ててしまった。目視確認の結果も、覆らない。果ててしまったらしい。
胸を大きく上下し息を整えようとしているカーランに尋ねる。
「気持ち良かった?」
目を閉じ、こちらは如何にも「すっきりしました」といわんばかりの溜め息を清々しく吐いて、頷く。
それは良かった。
ちり紙をボックスごと譲り渡して、衣服を探し求める。
「あれ。カール、俺のパンツ……無いんだけど」
「知らん」
「知らん、って……」
「ベッドの下にでも落ちてるんじゃないのか」
「えぇ〜…何処遣ったんだよ、俺のパンツー…」
何処かに置いた覚えはない。自分で脱いだのではないのだから。
丸めたちり紙を手渡され、受け取りながら、「あっ」と声を上げる。見覚えのある、今まさに探し求めている、
「俺のパンツ!」
「ん?」
「踏んでる!」
カーランの尻の下で、押し花のようになって。
「こんな所に置いておくな」
パリパリと台紙から剥がされ、放り投げられる。

全く、勝手なのだから。

ジョイ・スティック 終
ぽぽ子

 

カールはお口が性感帯だよね!!という俺妄想発進。

元ネタはウィキペディアさんより

口唇期固着
口唇での欲求が十分満たされなかったり、十分以上に満たされて成長すると、この段階の欲求に異常にこだわるようになる。これを口唇期固着(英語:oral fixation, oral craving)という。もし、乳離れが早すぎて口への刺激が不足した場合、悲劇的で不信感に満ち、皮肉屋で攻撃的なパーソナリティが形成される可能性がある。逆に乳離れが遅く刺激を多く受けた場合、タバコやアルコール摂取の意欲の増加、爪を噛む行為などの症状がでる可能性がある。

今気付いたんですけど、逆ですね!
無理矢理乳離れさせられると口こだわりなんだと思って、書いてました……詳しい事はよく分からないや、云々の前にもう書いてしまったし!
丸投げでおしゃぶり渡されて長いこと使ってたとかそんなんでも…いいんじゃないのかな…詳しい事はよく分からない、で済ませます。
おもしろいネタがありましたらご連絡ください…なんてw

現代パラレルのつもりで書いています。別にどっちでも良い感じなのですが、気分として…。

ケツ穴も同時に弄らせるつもりでした。
カールは前立腺云々じゃなく、ケツ穴も!性感帯ですよね!!