とりあえずビール
楽しむ振りをしながら飲まなくてはならない酒は、恐ろしく不味い。毒だ。あれは。毒を身体に流しながら、毒されまいと抗い、神経を尖らせ、やっとその任務を終えられれば必ず、 「飲み直す」 と、旨い酒が飲みたくなる。渇望するほどに。 「飲んできたんだろう?」 「酔っちゃいない」 「しこたま」 「酔ってるように見えるか?」 「分かるさ。酔っちゃ、いない。けど、しこたま飲まされたんだろう」 「飲み直す」 咽の奥を通り、腹に溜まっているのは、酒ではないとでも言うようだ。世話女房の顔でラムサスに忠言を並べ、上着を受け取り、ハンガーに掛け、また背中に忠言を投げて今度はズボンを受け取ったシグルドは、それもハンガーに掛けながら、 「メシは」 と尋ね、 「つまみ」 と返されて眉間に皺を寄せ、缶ビールを片手に脇を通り過ぎて行くラムサスを見送った。 「おい、のぼせるなよ」 次に返される言葉はもう無く、脱衣室の扉がガラガラピシャンと閉じて手のかかるご主人様の姿を隠した。 シャワーから気風良く降り注ぐ湯から立ち込める湯気で満ちた浴室に、炭酸の抜ける、プシ、という高い音。口を尖らせて、ズズ、と泡をすする。帰りの道中で飲む以前よりも冴えてしまった頭に、爽快な刺激が伝わる。火照る身体に流れ込むこれこそが、求め待ち焦がれていたものだと。 「―――ッ、はぁ」 ラムサスは愛おしいほどの気分で手にした缶を眺めて、湯の掛からない場所へ、丁寧な手付きで恭しく乗せた。男性用シャンプーのきついメントールの香りは、それと相性が良いとも思えなかったが、不思議と受け入れられるものだった。頭を泡だらけにしたままで、またゴクリと咽を鳴らす。しみじみと目を閉じ、軽く会釈をして、鏡に向かって缶ビールを掲げる。 「お疲れ」 ガチン、と決して美しくはない乾杯の音が、滑稽さを際立たせ、それが何とも愉快である。 風呂上りにそのままなだれ込む布団はまた、何と心地良いものか。 冷えた新しいビールを手にしたラムサスは、肘を突いてうつ伏せに寝転んだ。頭だけを上げてビールをすする。 「パンツくらい履いてくれよ……」 背後から掛けられる呆れ声は、ラムサスが膝を曲げ掲げた足先に、溜め息へと変わって降り注ぐ。次に落ちてきたのは、軽い布の感触で、二つの輪はきちんと二本の足それぞれに通された。そこまでされて漸く、ラムサスは自ら手を動かし、ぐいぐいと腰まで引っ張り上げた。 「次は?またビール?」 尋ねられ、ベッドサイドに置かれた少量ずつの料理に一周、ぐるりと目を通す。 「日本酒、冷」 「りょう、かい」 シグルドが立ち去ってから、オリーブオイルを垂らした塩豆腐を見つけ、 「白、も有りだったか」 と少しばかり口惜しい思いを抱いた。 朝のセットより、風呂上りのブローが肝。濡れたまま放っておけば、修正不能の寝癖が付く。分かっていながら放っておけば、明日の朝責任を着せられるのはシグルドの方なのである。 いかにも不満ぶって溜め息を吐いたって、効果があるわけがない。吐く本人として自覚がある。 (腐って行くなぁ) 右手にブラシ、左手にドライヤー。その騒音に乗せてシグルドが吐いた溜め息は、己に向けた、本物である。 この行動も然り。サイドテーブルに用意した料理も然り。何を言っても、ラムサスに届かない訳である。いけないと、分かっていても、こうして互いに腐り交じり合って行く感覚が心地良くて、抜けられない。 「俺も飲も」 「ふん?飲めないくせに」 組んだ足先をゆらゆらと尻尾のように揺らしながら皮肉を飛ばすラムサスの表情を、もっと見ていたくて、シグルドは更に深くへ進む次の一歩を探しに行く。 外では極力酒の席を遠ざけようとするシグルドが、ラムサスと二人で居る時ばかりは心底興味深そうに、ラムサスの手元まで首を伸ばしに来る。 彼は飲めないから。 初めの頃の遠慮の気持ちが崩れ始め、その次の段階へと差し掛かる。 『飲んでみるか?』 てっきり、首を横に振るものと思っていた。縦に振られた首がそのままラムサスの手元へ辿り付き、口が付けられる。以来罪悪感は消え去り、なし崩し的にラムサスの帰宅後の酌の回数が増していったのだ。 シグルドが飲むのは二人きりの時だけで、つまみに関しては彼自身で勉強したらしいが、飲み方を教えたのは全てラムサスである。しかし、 「……何だ、それは」 「ホットミルク割り」 人の好みがどう転ぶかまでは、分からないものだ。 「飲みきれよ」 「少ししか作ってないから」 釘を刺しながら、おそらく、飲みきる前に眠ってしまうのは自分の方だと自覚を覚え始めていた。 それもまた、極楽だ。 濃厚に煮付けられたエイヒレの端を齧るラムサスのまばたきの回数が多くなる。澄んだ酒を一口。鼻の奥に残る香りに、また口を動かしたくなる。しかし瞼は、思い出したように押し上げるので精一杯になっていた。 カーランの心地よい堕落を、更に深みへ促しているのはシグルドである。カーランが外では決して見せない顔を、ただ自分ひとりだけが知っている、優越感。自覚した後に、シグルドの頭には、ふとある考えが連なって生まれる。 (ふむ……何だか、可笑しな“プレイ”みたいだ) 普通ならば幻滅してしまいそうな、自堕落な姿が愛おしい。シグルドはこの先、このカーランの姿は“みだら”と言い表そうと密かに定めた。なんと色気に満ちた寝姿。考え始めれば、悪乗りせずにはいられまい。薄ら笑みを浮かべながら、シグルドはカーランの寝そべるベッドの上へとにじり寄って行った。 「カール、寝るのか?」 「……まだ寝ない」 「だらしないな。外でのカールからじゃ想像できない」 「外じゃないんだから構わないだろう」 「まだ寝ない」を繰り返すカーランの頭は、遂にうつ伏せに沈没してしまっている。海にぷかぷか浮かんだカーランの背中に狙いを定め泳ぎ着いた漂流者が、ハッシとしがみ付く。 「なぁ、こんな姿見せんのは俺の前だけだって言えよ」 「は?」 シーツに突っ伏して潰れた男前の面がモッソリと振り向いた。 「『こんな恥ずかしいトコ見せんの、シグにだけなんだからネッ』って、言ってチョウダイ?」 うつ伏せの体勢が息苦しかったからだろうか。回った酔いも手伝って赤らみ崩れた顔が、眠そうな瞬きだけ繰り返し暫く動きを止め、最後の瞬きを終えるとやっとシグルドの悪ふざけの誘いに気付いたのか、盛大に破顔した。 「くっだらな」 「『カールの恥ずかしいトコ、全部見て』?」 「くっだらな、くっだらな!」 これ以上沈みようもない海に潜って馬鹿笑いを始める。おかげで大時化だ。振り落とされまいと、シグルドはしがみ付いた。 「へっへっへ、こんな格好して、誘ってるとしか思えませんなァ」 「馬鹿じゃないのか!」 「極上ですぞ?おっぱいが手に吸い付くようだ……」 「そんな訳があるか!」 長身で筋肉質の部類に入る彼は跳ね返す鉄板のような胸筋を持ち合わせていた。 (はずなんだけど、あれ……?) もっちりと手の平に収まる乳の房。揉みごたえがある。シグルドはカーランの背後でヘラッと笑みを浮かべた。 (揉むと大きくなるって本当だったんだな) 何一つ疑わず、納得した。 「身体では嫌がっていても身体の方は……ん、何か違うな」 「やりきれないなら、無理するな」 「うるさいな、……問答無用!」 アダルトビデオならばこの辺りで大方、パッケージに描かれてあった作品の特色が出しきられる。個性豊かな序盤を楽しむか、その後のワンパターンだが直接的な映像を楽しむか、好みはそれぞれなのだろう。シグルドに関しては、どちらと言えたのだろうか。だがどちらにせよ、頃合といった所だった。 さて、つまるところは、こうである。 シグルドの長い指は名残惜しそうにラムサスの両胸の熟した果実に絡んだ後に白く滑らかな象牙の肌を滑り嬌声を引き出しその声に導かれるようにして柔らかく豊満に実りついた下腹部の、 「ギャッ……!何だ、コレ!」 シグルドは、むっちりとした贅肉をわっしりと掴んでいた。 「な、な、何だよ、それ!」 シグルドを跳ね除けるようにして反射的に起き上がったラムサスの、下着のウエスト部分に、傲慢な態度でどっしりと腰掛けているのは、 「び、び、ビール……だ……!」 「ちっが……黙れ!」 「ビール腹だ!」 「うるさい!違う!これは!」 ラムサスが息を大きく吸い込み隠蔽を試みるより早く、シグルドは再び真の姿をその手に掴んでいた。 「これは、無い!流石に俺も、これは引く!」 「こ……っ、この手を、どけぇい!」 とりあえずビール 終 |
Kちあさんの「シグラム?ラムシグ?ラムシグかなー。カールは毎日の接待で腹に肉がつきつつあるんだよそんな三十代コンビを希望する。」というツイートに滾りまして……
ぽっちゃりカール(オッサン)ちょうかわいい
2012.1.26